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「まったく……裁くべき死者が全然来ないではないですか。 小町は仕事を何だと思っているのでしょう……」 ぼやきつつ足早に歩くのは幻想郷担当の閻魔、四季映姫=ヤマザナドゥ。 今日もまた説教フルコースかと呆れながら、部下の死神小野塚小町の元へ急ぐ。 「小町! いないのですか!? 小町ーーー!!」 見渡せども赤毛のけしからん胸を持つ部下は見つからない。 さてはまた幻想郷へふらふらと遊びに行ったか、そう当たりをつけた映姫だったが、ふと、服のすそを引っ張られていることに気付いた。 視線を下げると、2~3歳くらいの少女がこちらを見上げている。 はて、肉体を保ったままここまで来る死者がいただろうかと考えた映姫だったが、その少女にどうにも見覚えがあるように思えて仕方ない。 赤く、両脇で括られた髪。 つり気味の大きな目。 そして着ている服はサイズこそ違えど、死神の制服そのものだ。 「まさか……」 浄玻璃の鏡を取り出し、この少女の数日前を見る。 そこに映し出されていたのは紛れもなく、昼寝をする不真面目な部下の姿だった。 【いつの日か】 ここは魔法の森の入り口にある店、香霖堂。 店主の森近霖之助は、今日も今日とて閑古鳥が鳴く店内をみつめ、まあ静かに本が読めるなら良いやと商売人失格な事を考えていた。 すでに店を繁盛させることは諦めたらしい。 「……そろそろ昼食でも作るとするか」 時計を見た霖之助が腰を上げようとしたその時、店のカウベルが来客を告げた。 「……失礼します」 「おや、これは珍しい。閻魔様がどういったご用件で?」 そこまで言ったところで、霖之助は映姫の足に隠れてこちらを伺う小さな少女を見つけた。 霖之助が良く知る彼女をそのまま小さくしたようなその姿。 これはもしや――! 「おめでとうございます」 「はい?」 心当たりもないのに祝福されて目を丸くする映姫。 「いや、その子はどう見たって小町の子供でしょう。 いま何歳です? こんなに成長するまで教えてくれないとは水臭いじゃありませんか。 そうと知っていればお祝いの品くらいは進呈したものを。 父親は誰です? たしか職場は女ばかりと以前小町がぼやいていたはずですが。 それともまさか閻魔は女同士で子供を成す奇跡を」 「喝!」 一先ず黙らせることにした。 信じてもらえるかどうかはわかりませんが、と前置きして映姫は事情を話し始めた。 いつの間にやら小町が子供になっていたこと。 いつどのようにしてなったのかは浄玻璃の鏡でもわからないこと。 閻魔王に相談した所、とにかく部下を何とかしろということで、映姫はしばらく休職、他所の閻魔や死神が職務を代行してくれていること。 「それで、原因はおろかどうすれば元に戻るのかもわからない、と」 「ええ、閻魔たちもお手上げです。永琳殿のところを訪ねてもみたのですが、とにかく様子を見るしかないと」 「……それでなぜ僕のところに?」 少しうろたえたように見える映姫だが、すぐいつもどおりの口調で応える 「そ、それはですね。 い、いろいろ回ったのですが、どこに行っても小町がぐずってばかりで。 ほとほと困り果てていたところ、以前小町がこの店のことを褒めていたのを思い出したんです。 ここなら年齢が変わったといっても過ごしやすいのではないかと」 「なるほど……。まあ閻魔様の頼みを断るわけにもいきませんね」 こっそり安堵する映姫には気付かぬまま、しゃがみこんで小町と視線の高さを合わせる霖之助。 「こんにちは」 普段の仏頂面からは予想もつかない優しい笑顔に、映姫の胸がドキリと跳ねる。 映姫の足に隠れていた小町は、しばらく霖之助と見詰め合っていたが、害はないと判断したのかトコトコと歩いてきた。 霖之助がそっと両手を差し出すと、意図を察した小町も両手を霖之助の顔に向けて伸ばしてくる。 その脇に手を当てて抱き上げると、霖之助の首にかじりついてきた。 「随分と懐かれるのが早いですね」 「昔は魔理沙の子守もしていましたから」 「ふふ、なるほど。それは頼もしい限りですね」 映姫はふわっとした笑みを浮かべる。 そういう笑い方もできるのかと、霖之助は彼女の評価を少々上方修正することにした。 迷惑だと思ってはいたが、閻魔の意外な一面を見ることができたからよしとしよう。 「それでは、小町ともどもお世話になります」 「……閻魔様も家に滞在するんですか?」 単に予想外だったために漏らした言葉だったが、映姫は違うように受け取ったらしい。 「あ……。 そ、そうですよね。私みたいに口やかましいのがいたら、お、落ち着かないでしょうから。 できれば上司として見届けたかったんですが、店主殿にこれ以上迷惑はか、かけられませんし。 失礼します……」 明らかにしょげ返る映姫。 その姿を見るに見かね、また自分の発言に対する誤解を解くべく、とぼとぼと遠ざかる背中に声をかける。 「そんなあからさまに肩を落とさなくても、別に嫌がってるわけじゃありませんよ。 僕のほうは構いませんから何日でも滞在してください。 引き受けた以上は、閻魔様だけ帰れなんて狭量な事は言いませんから」 「……いいんですか?」 「男に二言はありませんよ」 喜ぶ映姫。 霖之助は思っていた以上に感情豊かな映姫を微笑ましく見ていた。 内心では、責任感が強いんだなあなどとピントのボケたことを考えていたが。 とりあえず、小町は随分と小さくなったため、映姫を母、霖之助を父として見るかもしれない。 よって、霖之助は映姫に敬語を使わないこと、お互いに名前で呼び合うことにしたい。 そんな映姫(赤面)の提案に霖之助も異論はなく、この案は無事採択された。 ちなみに映姫は普段どおりの口調でいくらしい。 「さて、お世話になる以上は遊んでもいられません」 閻魔は基本的に寮に入っているので、普段家事をすることはないが、だからといって何もしないわけにもいかない。 まずは昼食を作らせていただきます、と割烹着を着た映姫は台所に入っていった。 小町はあちこち連れまわされて疲れたのか、霖之助の膝の上ですやすやと眠っている。 しっかりものの映姫の事。さぞ手の込んだ食事を作るのだろうと思っていた霖之助だったが、 「あ痛っ!」 「ふーっ、あ、え!? ゲホッ! ゲホっ!」 「っ! しょっぱ……!」 などと不穏当な声が聞こえた上、 「きゃあああああーーーーーっ」 ガラガラガシャーン と、どこのドジっ子だと言わんばかりの音が鳴り響き、ため息混じりに救急箱を取りに行った。 「やったことがないならそう言えばいいだろうに……」 「うう、すみません」 かまどの灰をかぶって頭が白くなった映姫は、包丁でつけた手の傷を霖之助に手当てしてもらっていた。 「店の食材や道具のことはこの際どうだっていい。 しかし、痕の残るような傷がついたり、熱湯をかぶってしまったりしたらどうするんだい? ……真面目なのはいいけど、もっと自分を大切にすることだ。 どうせ仕事でも体を酷使しているんだろう?」 「……弁解の余地もありません」 小町は先ほどの音で目が覚めてしまったらしい。 映姫を心配しているのか、霖之助の手当てをそばで見ていた後、トテトテと映姫に近寄って頭をナデナデし始めた。 その様子があまりにも微笑ましくて、ついつい霖之助は笑い出してしまう。 「ははは。優しいいい子じゃないか。 今ので小町の手にも灰が着いてしまったし、今日は随分歩き回ったんだろう? 2人で風呂に入ってくるといい。 僕はその間にここを片付けておくよ」 「はあ……」 小町の頭を洗いつつ、ため息を漏らす映姫。 その声が聞こえたらしく、こちらを心配そうに見上げる小町に、ううん、なんでもないのよ、とあわてて声をかけつつ笑顔を返す。 「はい、おゆをかけますよ~。おめめぎゅ~っ。」 言われるままに目をぎゅっとつぶる小町。 普段もこれくらい言うことを聞いてくれればなあ、と思いつつ優しく湯をかけて、2人で湯船につかる。 手の傷が気になったが、ばんどえいどという外の世界の治療具をつけているから問題ないらしい。 よし、失敗してしまったものは仕方ない。できることをできるだけやっていこう。 小町と一緒に、いーち、にーい、と10まで数えつつ、映姫は決心を新たにするのだった。 風呂からあがると、台所は完璧に片付いており、なにやらいい香りまで漂っていた。 「おや、上がったみたいだね。時間がなかったからうどんにしたんだが、よかったかい?」 どうやら昼食まで用意してくれたらしい。 ありがたいやら情けないやら複雑な心境でお礼を述べる映姫。 小町はいつの間にかちゃぶ台の上に手をついて、おおーっという顔で目をキラキラさせている。 「子供の味覚は成人より敏感という話を聞いたことがあったから、小町の分はやや薄味にしておいたよ。 つゆの温度も調節してあるから、火傷することもないだろう」 「霖之助。正直私はあなたを低く見すぎていたようです」 ここに来てから自信がガリガリと削られていく映姫だった。 「美味しい……」 「それはどうも」 一口食べてみたが、見た目や香りだけではなく、味も素晴らしいものだった。 ただのうどんであるからこそ、その腕のよさが伺える。 「ああ、ほら小町。こぼれるから慌てて食べないの。 ほら、お口むけて……はい、きれいきれい」 「まだ箸が苦手なようだね。食べさせてあげてもいいかもしれない」 「いえ、それではいつまでたっても上手く使えるようになりません。 どれだけ不器用でも自分で食べさせませんと」 小町は明日にも元に戻るかもしれないというのに。 すっかりお母さんになっている映姫と交わした会話に笑みがこぼれる霖之助。 「……何かおかしなことを言いましたか?」 「ああ、いやいや。気を悪くしたのなら済まない。 ただ、なんとなく本当に家族みたいだなあ、と思ってね」 「なっ……!」 顔を赤らめる映姫。 家族。ということは子供は間違いなく小町。すなわち霖之助と自分が夫婦だということで。 一方の霖之助も、まさかこんな軽口で動揺されるとは思っていなかったらしく、二の口が告げない。 固まってしまった2人を不思議そうに小町が見つめていた。 動かない2人がつまらないらしい小町に突っつかれ、映姫と霖之助は意識を取り戻す。 霖之助は小町を連れて店番に戻り、映姫はなにか家事をしようとあれこれ働くのだが、慣れていないせいかどうにもミスが多い。 掃き掃除は丸く掃いたためか部屋の四隅にゴミが残った。 拭き掃除は雑巾を一度も洗わないという快挙によりむしろ汚れた場所まである。 洗濯物は干しに行く途中でひっくり返してやり直し。 縫い物は料理の件から霖之助に断固反対される。 最終的には、霖之助に見てもらいながら店の商品を拭いたり並べたりすることになった。 「『いえ、そうとも限りませんぞ黒魔術師殿』声をかけたのは執事服を着た銀髪の……」 小町は霖之助が拾ってきた本を読んでもらっている。 耳に入るたびに子供に聞かせる内容ではない気がしたが、小町としては面白いらしく真剣な顔で聞き入っている。 まあいいか、と息を吐くと、すでにズタズタのプライドを何とか守るべく、映姫は自分にできる唯一の仕事をこなしていった。 夕食をとり、風呂も済ませて就寝の時間となった。 最初は映姫と小町が霖之助と別の部屋で寝る予定だったが、小町が泣きそうな顔になるため、3人川の字になって寝ることになった。 「小町はもう眠ったようだね」 霖之助の腕を枕にして眠る小町。 「すみません……迷惑をかけどおしで」 無理やり押しかけたうえに、家事すらまともにできなかったことが心苦しいのだろう。 映姫は霖之助に謝罪するが、霖之助が気にした様子はない。 「あれくらいは迷惑のうちには入らないよ。 むしろ、久しぶりに賑やかさを楽しむことができた。 いままでそんなつもりはなかったけど、子を持つのも悪くはないかな」 「そ、そうですか? ……なんでしたら私が……」 「? 後半が小さくて聞こえなかったんだが」 「い、いえ、なんでもないです!」 流石に今の自分がそんなことを図々しくも言えない。 もっと料理や洗濯の修行をしよう。 とりあえず今日はこれで我慢。 「よいしょ……っと」 小町の頭を二の腕に乗せている霖之助の手を伸ばし、前腕部分に自分の頭を乗せる。 「な……何を……?」 「小町を見ているとなんとなくやりたくなったんです。重かったら止めますが……」 そんな悲しそうに言われて、じゃあやめてくれとは言えない。 「わかったよ。今日は曲がりなりにも僕らは家族だ。好きにするといい」 「ええ、お願いします」 まあこういうのもいいか。今日はなんだかんだで楽しかった。 さっき映姫に言ったように、子供を持つのはいいかもしれない。 そうなると妻を娶るということだが……。 自らの腕を枕にする映姫を見る。 どうかしましたか? という感じで笑いかける映姫に少し鼓動が早くなった。 何を考えているのか。自分を戒めるが、気が付けば映姫と店を切り盛りする将来を幻視する自分も確かにいる。 ……まあ、前向きに検討してみるとしよう。 なにやら妙な音が聞こえたような気もしたが、今の霖之助にはどうでもいい。 映姫も霖之助も、それから間もなく意識を手放した。 「な、な、ななななな」 次の日起きた映姫が見たものは、体が元に戻ったせいで半裸になった小町に抱きつかれて眠る霖之助の姿であった。 「それでは、1日ですがお世話になりました」 「いや~すまなかったね。よくわかんないけど迷惑かけたみたいでさ」 「昨日も言ったが、僕としてはなかなか楽しい一時だった。気にすることはないよ」 朝の騒動も落ち着き、映姫と小町は帰ることになった。 「また来ておくれ。君たちなら歓迎する」 「はい、必ず」 「もちろんさね」 また、近いうちに訪れよう。映姫は思う。 これからはちょくちょく通ってくれるだろう。霖之助は思う。 少しずつ仲良くなって、もし相手が了承してくれたら、いつの日か本当の家族に。2人は思う。 今度は本当の子供を、いつの日か。 「いや~しかし大変な一日でしたね」 「霖之助はああ言っていましたが、迷惑をかけたことには変わりません。今度お詫びをしなければなりませんね」 そう漏らす映姫に向かって、にやにやと笑い出す小町。 「いや~しかし、『おめめぎゅ~』なんて言葉を映姫様の口から聞けるとは思いませんでしたよ」 先ほどまでの済ました顔はどこへやら、ものの見事に赤くなる映姫。 「なっ……あなた……覚えて……?」 「そらもうばっちりと。しかもあたいがぐずるから香霖堂へきた? 真っ先に霖の字のところへ行って何度も深呼吸してから入っていったくせにぃ。 新妻みたいで可愛かったですよ、お 母 さ ん」 そこまで言うと耐え切れず爆笑する小町に、わなわなと震える映姫。 「こっ……小町ぃぃぃぃーーーーーー!!!!!!」 結局閻魔王達にまで噂が広まり、『祝言はいつだ』が映姫に対する挨拶として公式に認定されたことを、霖之助は知る由もなかった。 またこの数日後、 『驚愕! 閻魔に隠し子!?』という見出しと共に、映姫と子供(小町は良く映っていなかった)に腕枕する霖之助の写真が文文。新聞に掲載される。 それからさらに数日の間、香霖堂の門前で迫り来る少女たちをちぎっては投げる小柄な閻魔の姿が確認されたという。
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前の話へ 【彼女の葛藤】後編 紫と人里の甘味処へ行って以来、霖之助は暇さえあれば紫のことを考えていた。 ついこの前までは寝食を忘れて没頭していた読書。それすらも、気が付けばページをめくる手が止まっている。 あれから何度も2人で人里へと足を運んだ。ある日は紫の服を買うのに付き合い、ある日は有名な食事処で舌鼓を打つ。 紫の弾む声、ふと見せる仕草、くるくる変わる表情に、我を忘れて見とれていたことも少なくない。 奔放な彼女には振り回されてばかりだが、今ではそれすらも心地よい。 紫に惹かれている。自分にそんな感情があったとは驚きだが、一度自覚したらもう止まらない。 出来ることならば、友人以上の関係を。そんな想いが日々膨らんでいく。 だが、心のどこかからその想いを否定する声が湧き上がる。 何しろ紫は幻想郷でも指折りの大妖怪だ。それに比べ、自分は少々知識があるだけの半妖に過ぎない。 それに、彼女が幻想郷をどれだけ愛しているのかはよく知っているが、自分に対しては愛と呼べる感情を抱いてくれているのかどうか、そんなことにすら自信がない。 もし紫に告白して、『もう幻想郷と結婚しているの』などと言われたら、きっと自分は立ち直れないだろう。 虎子は欲しいが、虎穴を守る親虎が強大すぎる。 だから今の関係で十分。箱に入った猫の生死は既に決まっているが、箱を開けさえしなければいつまでもその生存を信じていられるのだから。 そう考えていたある日。 「おーっす、香霖。最近紫とよろしくやってるみたいじゃないか」 香霖堂の2大赤字要因の一角、魔理沙が店に訪れた。 「……魔理沙、そんな話をどこから聞いたんだい?」 「どこからも何も、里中で噂になってるぜ。偏屈者の香霖に女が出来て、相手は長い金髪の美女とか。 香霖の知り合いでその条件に一致しそうなのはあいつくらいのモンだろ。 第一私も甘味処で見たしな。鼻の下伸ばして『あ~ん』なんて、まっさか香霖がやるとは思わなかったぜ」 ニヤニヤと笑う魔理沙。 どうやら噂と人の目を甘く見ていたらしい。ため息が出そうになるのを、眼鏡の位置を直して誤魔化した。 「んで、どこまでいったんだ? 祝言とかはまだなのか? 仲人ならやってもいいぜ?」 魔理沙もいつの間にか耳年増の仲間入りを果たしてしまったようだ。 妹のような少女の歓迎しがたい成長に、一抹の寂しさを覚える。 「確かにぼくが彼女に惹かれているのは確かだ。それは否定しないよ。 だが向こうは幻想郷でも最高クラスの大妖怪だし、僕が釣り合う相手じゃないだろう。 それに、彼女は結界の維持という使命がある。重荷になるくらいなら今の関係で十分だよ。 そもそも僕がどれだけ焦がれたところで、紫にその気がないなら意味がない」 「女心がわかってないなあ香霖。そういう時は力づくでも奪って見せるとか言って欲しいもんだぜ。 おっと、香霖より紫のほうが強いとか野暮なことは言うなよ。 第一、見てる限りじゃ紫だって期待してるようにしか見えないしな」 「……そう思うかい?」 すがるような目をしているのが自分でもわかる。 さっきの言葉は建前。本当は彼女と一緒にいたい。朝起きるときも、昼の穏やかな一時も、夜眠りにつく瞬間もずっとだ。 これまでにも、つい紫を抱きしめそうになって我に返ったことは何度もあった。 もし、紫も自分を好ましく思っていてくれるのならば―― 「ああ、間違いないな。女の勘ってやつだ。 思い切って告白してみろよ。どうせダメだと思ってんだろ? なんかの間違いでも上手くいけばめっけもんじゃないか」 「……そう、だな。どうせダメなら、あがいてみてもいいかもしれない。 どの道、何もしなければ僕が本当に望む関係にはなれないんだ。たまには大勝負に出てみるとしよう」 「ようし、その意気だぜ香霖。なあに、ほとんど結果は見えてるさ。私の目をなめるなよ」 強気な言葉に苦笑しつつ感謝する。確かに、自分はちょっと諦めが早すぎたかもしれない。 もやもやしていた胸は、告白すると決めた瞬間やけにすっきりした。 ――なんだ、結局僕は現状で満足する気なんか微塵もないんじゃないか。 数日後。紫と出かけたその帰り道。 「……紫。大事な話があるんだが、いいかい?」 霖之助はここで勝負に出ることにした。 「なあに、改まったりして」 いつもの達観したような雰囲気とは違い、何かを決意したような霖之助。 それを感じ取った紫は、いつもの態度こそ崩しはしないものの、どんな言葉が飛び出してくるか気が気ではない。 こちらを向いた紫と目が合う。今からこの目に向かって告白するのだという事実を前に、心に一滴の逡巡が落ちる。 じわじわと心を染め上げようとするそれを無理やりぬぐい取り、霖之助は生涯で最も緊張する瞬間を迎えた。 「紫、僕は君が好きだ。君がよかったら、僕の恋人になって欲しい。」 最初の一言を乗り越えると、後は止まらなかった。つたなくてありきたりな言葉だけれども、これが今の正直な気持ち。 「……」 一方、この展開は予想していなかったらしく、唖然としている紫。 霖之助が自分を憎からず思っていくれていることは確信していたが、まさか告白されるとは思っていなかった。 いや、楽観していたのだ。 彼の想いがどれほど強かろうが、自分の立場や諸々の状況を理由に今の関係で踏みとどまるだろうと。 だが、彼はそんな障害を乗り越え、紫のことが好きだとはっきり伝えてきた。 自分がそこまで想われていたことが嬉しくてたまらない。 それでも、霖之助の想いには応えられない。 かつて自分に誓ったのだ。特別な恋人は作らないと。 自分は幻想郷にとって必須の存在であり、自分も幻想郷を誰よりも愛していると自負している。 そんな自分が愛する人を持ち、万が一その人物の存在が幻想郷より大きくなってしまったら? 最初に結界を作ったときは、妖怪たちと大揉めに揉めた。 今ではその有効性からほとんどの妖怪が結界を支持してくれているが、それでも反対派が根絶できたかどうかはまだわからない。 霖之助を人質にとられ、その存在を盾に結界の解除を迫られたとき、自分が幻想郷を選んでくれるかどうか。 それでなくとも、愛する人が出来たことで不測の事態が発生する恐れがある。 だから、この申し出を受けることはできない。今までの自分をいつか否定してしまうかもしれないから。何より、霖之助が危険にさらされるかも知れないから。 もう一度、霖之助の気持ちを確認する。 「……本気なの?」 「僕は本気だ」 一瞬の迷いもなく答える霖之助。 その目には一点の曇りもなく、どうやら誤魔化すことは出来ないと紫は悟った。 2人の間に沈黙が下りる。 紫は、返事を言おうとしては踏み出せない自分に歯噛みしていた。 辛いのだ。既に答えは決まっていても、それをはっきり告げることが。霖之助を拒絶することが。 だからと言って逃げることは出来ない。 霖之助が待っている。彼が望む答えを迫ることも、急かすこともなく、ただ紫が決断するのを待っている。 顔を俯け、ぎゅっと服を握り締めると、ようやく紫は蚊の泣くような声を絞り出すことに成功した。 「――ごめんなさい」 それからどうやって帰ってきたかは覚えていない。 気にしなくていいとか、これからも今までどおりとか会話をした気はするのだが。 気が付いたら布団で寝ていて、一晩寝ても虚脱状態は治らず、ただ椅子に座ってぼうっとしていた。 それでも後悔だけはしていない。 自分は現状に満足せず、勇気を振り絞って告白した。その結果なら、甘んじて受け入れよう。 長い煩悶の末、ドロドロと定まらなかった気持ちをようやく形にすることが出来たその時、 「よう香霖! たしか昨日決行だったよな。結果はどうだった?」 先日背中を押してくれた少女が飛び込んできた。 その口調はおそらく成功と信じて疑っていないからだろう。ありがたい話だが、今はその信頼が痛い。 「ああ、ダメだったよ」 「だろう? だからあれだけ言って……ってはぁ!? ダメ!? ダメって言うのはあれか、ごめんなさいってことか!?」 「まさしくそう言われたよ。自分は幻想郷を守る義務があるから、特定の一人に入れ込むわけにはいかないってさ」 「なんだそりゃ!? 納得いかーん! 第一あいつは間違いなく香霖に惚れてるはずだぜ!? どう見たって間違いなしだ!」 バシバシとカウンターを叩く魔理沙。どうやらかなり釈然としないようだ。 「君の目も曇っていたということだろうね。とにかく今はそっとしておいてくれないか?」 「いーやダメだ! 可能性が全くなくなるまでは足掻いてもらうぜ! 一度告白したなら突っ切って見せろよな! 第一これで見捨てたら恋の魔法使いの名が廃る!」 どうやら魔理沙はまだ可能性があると思っているようだ。 この諦めの悪さは既に美点だな。苦笑しつつも、霖之助はまたしても勝手に諦めようとしていた自分に気付いた。 そうだ、まだ自分はやれることを全てやりきってはいない。 一度紫の気持ちを手に入れてみせると決めたなら、力尽きるまで前進し続けよう。 どうせ振られた身、これ以上失うことなど恐れはしない。 「やれやれ、僕はまた弱気になっていたようだね。ありがとう魔理沙。 君に目を覚まさせてもらうのはこれで2度目だが、今度こそ3度目の正直だ。こうなったら、とことん悪あがきをしてみせる。 2度あることを3度繰り返す気はない!」 「ようし! そうと決まればまずは情報収集だ! 油揚げ借りるぜ!」 「というわけだ。紫の様子はどうなんだ? 藍」 「……人をいきなり呼び出しておいて尋問とはいい根性をしているな」 「人様の油揚げ食っておいて言うことじゃないぜ。そらキリキリ話せ」 「話すと言っても、昨日から部屋に閉じこもって呆然としているばかりだ。話しかけても返事すらまともに返ってこない。 あれは下手に号泣するよりショックが大きいな」 どうやら紫のほうもかなり気にしているようだ。それを聞いた魔理沙はいっそう活き活きとして話を進める。 「ようし、とにかく紫のほうも香霖がかなり気になってるってことだな。 まったく義務とかなんとかわかったようなこと言いやがって。 そんなにショックを受けるってことは、それだけ香霖が好きでたまらないんだろうに」 「それで、お前はどうするつもりなんだ? 私としても紫様が元気になるなら協力は惜しまんが」 「ふっふっふ、要は簡単だぜ。紫だって本当は香霖といい関係になりたいんだろう? そこんとこの気持ちをちょちょいとつついてやれば向こうから香霖の懐に飛び込んで来るはずだ。 まあ恋の魔法使いに任せておけって」 こうして、魔理沙発案の作戦がスタートした。 それからさらに数日後。 霖之助が会って話をしたいらしい、と藍から伝えられた紫は、気まずい思いを引きずりつつ香霖堂へ向かった。 「……こんにちは」 「やあ、よく来てくれたね。この前はすまなかった」 「ううん、私のほうこそ。それで、話したいことって?」 胸の痛みはともかく、なんとか平静を保つことが出来た。そんな紫の安堵は次の一言で木っ端微塵に砕かれる。 「……実は、この前君に振られた後、ある人物に告白されたんだ」 「え……」 さあっと血の気が引いていく。 告白された。それはつまり、霖之助を好きだと言う女性が現れたということ。 「あ……相手はだれ?」 声の震えに霖之助はあえて気付かない振りをした。 「……申し訳ないんだが、それは言えないことになっているんだ。 向こうも僕が誰かに振られたことまでは知っているけど、誰かまでは伝えていない。そういう約束で話をしたからね」 「……そう。それで、霖之助さんはどうするの?」 手足の震えが止まらない。 霖之助の答えを考えただけで倒れそうになるが、彼を振った自分にそんなことは許されない。 たとえそれがどんな答えだったとしても、その結論に至った原因は間違いなく自分にあるのだから。 「最初は断ったよ。君に振られたばかりで、すぐに誰かと付き合う気にはなれなかったから。 でも、彼女がこう言ったんだ。 私のことが嫌いならきっぱり諦めるけど、誰かに振られたからなんて理由で振られるのは納得できない。 私と付き合うかどうかを、私と関係ない理由で決めないで欲しい。ちゃんと私を見た上で決めて欲しい。 それを聞いてショックだったよ。 僕は僕が振られたばかりで辛いからって、僕を好きでいていくれるその子に同じ思いをさせるところだったんだ。 だから、彼女の申し出を受けることにしたよ。情けない話さ。君に振られたから、僕に言い寄ってくる別の子となんてね。 でもそんな自己嫌悪は彼女には関係ないんだ。だから、せめて彼女の気持ちには応えたい」 喉がヒリヒリする。手足の感覚などとうになく、崩れ落ちそうになるのをこらえるので精一杯だ。 事ここに至って、自分がどれだけ霖之助を想っていたのかを思い知らされた。 なにが今の関係は続く、だ。小ざかしいことを考えて、悲劇の主人公を気取っていた自分を八つ裂きにしてしまいたい。 霖之助にしがみついて、恥も外聞もなく泣き喚いて、やっぱり自分も霖之助が好きなのだと叫びたい。 だが、それは出来ない。 自分は彼を拒絶したのだから。彼が何をしようと、文句を言う資格など自分にはありはしないのだから。 「……わかったわ」 なんとか搾り出した声は掠れ、普段の鈴がなるような声とは程遠い。 だが、後一言だけは言わねばならない。 「私が言えた立場じゃないけど、おめでとう……霖之助さん」 自室に戻った紫は、後悔の念に押しつぶされそうだった。 なぜ自分は彼を拒絶したのか。結界の維持という使命は、本当に彼と生きることとは相容れなかったのか。 自分がもっと覚悟していれば。どんなに辛くても、霖之助との生活も幻想郷を守る使命も投げ出さないと腹を括っていれば。 だが、もう取り返しがつかない。 結局自分のせいで、今までのように彼と話すことも、一緒に里へ出ることも出来なくなる。 彼の隣には別の女性がいるのだから。 「……そんなの、嫌」 それでも、湧き上がってくるこの感情は止められなかった。 霖之助の隣を取られたくない。 霖之助の目が、声が、気持ちが、自分でない誰かを向いているのは嫌だ。 そういえば霖之助はこう言っていた。 『明後日、その子と里へ行く約束もした』 と。 紫は自分の中でなにかがメラメラと燃え上がるのを感じていた。 2日後、紫は香霖堂で霖之助を覗いていた。 みっともないことをしているのはわかっている。 霖之助を失いたくないならそう告げればいい。告げることも出来ないなら諦めるべきだ。 心のどこかで冷静な自分がそう叫んでいたが、どちらを選ぶことも出来ず、こうして覗きをしている。 今度は自己嫌悪で心が重苦しくなりつつも、霖之助の監視は緩めない。 見るほうに気持ちが偏りすぎて隠れるほうがおろそかになり、霖之助にはバレバレだったが。 しばらくすると、香霖堂の扉が勢いよく開いた。 「よう、香霖。待たせたか?」 入ってきたのは、霖之助とも紫とも馴染み深い魔法使いの少女だった。 いつもの魔法使い然とした格好ではなく、前の開いた黒いショートジャケットに黄色のレディースTシャツ、 下半身は赤いチェックのプリーツミニスカートにボーダーのオーバーニーソックスと、女の子らしい格好をしている。 頭は帽子を被らず、よく梳いた髪をいつものように一房だけ三つ編みにしていた。 「ずっと家にいたんだから、待っているも何もないさ。 ……ふむ、わざわざ着飾ってくれたのかい? よく似合っているよ」 霖之助がそういうと、魔理沙は照れくさそうに頭をかいた。 「そ、そうか? よくわかんないからアリスに聞いたんだが。 な、なあ、香霖は……その、か、可愛い……とか思って……」 最期は恥ずかしくて言えなかったらしい魔理沙に微笑みつつ、霖之助はその先の言葉を拾った。 「ああ、とても可愛いよ。いつもそうだが、今日は一段とね」 それを聞き、パアッと顔を明るくする魔理沙。 部屋の隅から『くぅっ』といううめき声が聞こえたが、2人とも聞こえない振りをした。 「そ、そうか。よかった。 よし、急いで里に行こうぜ! 時間が勿体無いからな!」 「ああ、そうしよう」 苦笑しつつ立ち上がる霖之助。その左腕に魔理沙が右腕を絡めてきた。 「魔理沙?」 「い……いいだろ別に。今はその、こ、恋人同士なんだし」 顔を背けながら言う魔理沙。 紫はギリギリギリギリ……という歯軋りの音を隠しもしない。ちらりと目の端をその顔が掠めたが、血涙のようなものが見えたのはきっと気のせいだ。 「もちろんだよ。それじゃあ行こう」 腕だけでなく、手も握って歩き出す2人。 背後からは『はぅぅぅぅぅぅぅぅ』という声と、だれかが崩れ落ちるような衣擦れの音が聞こえてきた。 そして、道中。 「ふっふっふ。動揺してる動揺してる。作戦は順調のようだな。 スキマを動かしてついて来てるが、こっちの視界をあんまり考慮できてないみたいだぜ。バレバレだ」 「……僕としては、君の演技力に驚かされているよ」 「女を甘く見るなよ香霖。子供と思って舐めていると気がつかないうちに大きく成長しているものだぜ」 話しているのはこんな内容でも、2人とも一応満面の笑みを浮かべている。 傍から見れば睦言を囁きあっているようにしか見えないだろう。 紫のブツブツブツブツ……という声をBGMに、2人は人里に到着した。 例のバイキングに行った霖之助と魔理沙は腕を組んだままケーキをとり、そのまま壁際の席に並んで座る。 「魔理沙、君は右利きじゃなかったのかい?」 「いいじゃないか。一時でも離れたくないんだ。 ほらほら、可愛い彼女に食べさせてくれよ。あ~ん」 女は怖い。ひとつ賢くなった霖之助は、言われるがままに魔理沙の口へケーキを運んでやった。 紫は流石に店内でスキマを開くほどには自分を見失っていなかったらしく、変装して2つとなりの席に座っている。 店内でサングラスはどうかと思ったが、まさか指摘することもできず演技を続ける2人。 「美味しいかい?」 「美味しいに決まってるぜ! 愛情というスパイスが効きまくってるからな!」 ビキッという音が聞こえた。 顔を動かさずに横を伺ってみると、紫が握っているカップにヒビを入れたらしい。 しかし、ここでひるんでは作戦の意味がない。心を鬼にして笑顔を浮かべ、霖之助は慣れない言葉を囁く。 「それはよかった。胃がもたれるくらいかけてあげるから、存分に味わうといい」 「それはありえないな。かけてもらえばもらうほどもっと欲しくなるんだぜ?」 甘すぎて口から砂糖でも吐けそうな気分だ。 一方の紫はといえば、もう隠れることすら念頭にないのだろう。 どこから取り出したのやら、ハンカチをギリギリかみ締めている。 その異様な雰囲気のせいか、周りの客は見て見ぬ振りをしているらしい。 やりすぎたんじゃないだろうかと内心冷や汗ものの霖之助だったが、魔理沙は手を休めるつもりはないようだ。 「なぁ、ぼおっとしてないでもっと食べさせてくれよ。 こんな可愛い彼女以外に見るものなんてないだろう?」 肩に頭を預け、上目遣いでこちらを見つつ胸の辺りを人差し指でぐりぐりする魔理沙。 ブチィッという音が聞こえた気がしたが、気にしてはいけない。僕は何も聞いていない。 そう自分に言い聞かせ、霖之助も行くところまで行く覚悟を決めた。 そして帰り道。 精魂尽き果てたらしい紫は、上空でスキマから上半身をだらりと垂らしてまたブツブツ言っている。 行きのように呪詛が篭ってはいない所を見ると、どうやら本格的に打ちのめされたようだ。 「今日はありがとう、魔理沙。楽しかったよ」 香霖堂に入り、ここまでやれば十分だろうと声をかける霖之助。 しかし、魔理沙はもじもじしながら目配せしてきた。 その目はこう言っている。 『ここからが最後の一押しだ』 「あ……あのさ……。 その……。 き、今日は……泊まっていっても……いいかな……。 も、もちろん恋人としてだぜ……」 まさかそんなことまで言うとは思っていなかった霖之助が呆然としていると、魔理沙はとろんとした目で霖之助に近寄り、目を閉じて顔を近づけてきた。 どう見ても本気にしか見えない魔理沙に霖之助は目を白黒させ、気が付くと互いの息がかかるほどに顔が接近していた。 そしてまさに唇が触れようとしたその瞬間、 「だぁめえええーーーーーーーーーーーーーーーーー!」 絶叫と共に紫が魔理沙を突き飛ばし、霖之助に抱きついた。 「いっ……たあ。何すんだよ紫!」 「ダメよ! もう我慢できない! 霖之助さんをとられるなんていやあ!」 「そうか、お前が香霖を振ったやつだな! 今さら何しに来たんだよ!? 香霖がお前を振ったんならともかく、お前が振っておいて香霖をとるなだと!? ふっざけんな!!」 「だって……だってぇ……」 「人にとられるのが嫌なら最初から振ったりすんな! とにかく、今香霖の彼女は私だ! お前の出番はないからすっこんでろよ! それとも何か!? 実はお前も香霖が好きだとか言うんじゃないだろうな!?」 「う……そ、そうよ、私は霖之助さんが好き! 大好きよ!」 「ならなんで振ったりしたんだよ! どうせ結界を維持する義務とかなんとか言い訳して自分から勝手に諦めたんだろ!? 香霖の気持ちも考えずに! そんなやつに香霖を渡してたまるか!」 演技をしているうちに本気で腹でも立ったのか、火を吐くような剣幕で怒鳴る魔理沙。 紫も売り言葉に買い言葉とヒートアップしていく。 「ええそうよ! 確かに最初はそう自分に言い聞かせて誤魔化したわ! 一度霖之助さんを振った私が、あなたと何をしたって文句を言う資格なんてないのもわかってる! でも嫌なの! 霖之助さんが私以外の誰かと幸せそうに笑ってるなんて耐えられないのよ!」 「調子のいいことを言うな! じゃあ何か!? 一度振ったけどやっぱり香霖の恋人にしてくれってのか!? ほいほい言うことを変えやがって! そんなやつの言うことが信用できるかってんだ!」 「調子のいいことを言ってるのは百も承知よ! それでも軽い気持ちで言ってるつもりなんかないわ! 悩んで悩んで、悩みぬいてやっと出た答えだからこんなことまでしてるのよ! はっきり言っておくわ! もう霖之助さんが私を見ていてくれなくても構わない! みっともなくても、誰になんと罵倒されても、霖之助さんが振り向いてくれるなら全力を尽くすって! そして霖之助さんが応えてくれたら、どんな辛いことがあっても彼を切り捨てたりはしないって! 命を懸けて、霖之助さんと一生添い遂げてみせる! 八雲の名において誓うわ!」 「……」 「……」 永遠ににらみ合いが続くかと思われたが、よく見ると魔理沙の肩が震えている。 その震えが大きくなり、顔も引きつってきたかと思うと、ついに魔理沙が限界を迎えた。 「ぶはあっはっはっはっはっはっはっはっは!」 さっきまで怒鳴りあっていたかと思えば、いきなり爆笑し始めた魔理沙に呆然とする紫。 「いや~ここまで上手いことハマってくれるとはなあ! よかったな香霖! やっぱりこいつお前にベタ惚れみたいだぜ!」 「え? え? え? なに、どういうこと?」 まだ混乱している紫。すると物陰から申し訳なさそうに藍が現れる。 「すみませ~ん、紫様」 「え、あ、藍!?」 「いやいや、いじめて悪かったな紫。 お前がどうしても意固地になってるみたいだったから一芝居打ったんだ。藍も一枚噛んでるぜ。 それにしても熱かったぜ。熱くて熱くて死にそうだった!」 ようやく事態を把握する紫。 しかしまだ衝撃のほうが強いらしく、ただただ3人の顔を見渡している。 「それじゃ、邪魔者は退散するぜ! 香霖、今度は逃がさないようにしっかり捕まえとけよ!」 そんな紫を尻目に、魔理沙と藍はもう自分たちに用はないとあっさり帰って行った。 「……あれでよかったのか?」 「ん? なにがだ?」 「いや……お前は店主殿のことを……」 「よしてくれ。香霖は小さい頃から一緒にいた兄貴みたいなもんだぜ? お兄ちゃんに彼女が出来たんだから、嬉しいに決まってるだろ」 「……そうか、なら何も言うことはないな」 「さあ、今日は宴会だ! アリスに服の礼もしないといけないしな!」 そして香霖堂では、霖之助に抱きついたまま紫が硬直していた。 「……コホン」 霖之助が咳払いをすると、紫はビックゥッといった感じで飛び上がる。 「ああああああああの、霖之助さん、さっきのはその、えっと」 霖之助から離れて手をわたわたさせる紫を、霖之助はそっと抱きしめた。 「……あ」 「さっきのは、嘘だったのかい?」 寂しそうに囁く霖之助に、紫は慌てて首を振る。 「そ、そんなことはないわ! こないだはああ言ったけど、やっぱり私は霖之助さんが好きなの。 勝手なことを言ってるのはわかってるけど、それでも霖之助さんが誰かにとられると思ったら辛くて我慢できなかった。 だから……」 「もういい。それだけ聞かせてもらえれば十分だ。 君を騙すようなひどい男だけど……今度こそ、僕と付き合ってくれるかい?」 「……ええ、もちろんよ。 わたしこそ、一度振ったくせにこんなことを言う我侭な女だけど、それでもいい?」 「ふふ、じゃあお互い様ってことだね。 似たもの同士、これからもよろしく頼むよ……紫」 そう言うと、霖之助は真っ直ぐ紫を見つめ、紫はつい、と顔を上げて目を閉じた。 2人の影がゆっくりと重なり、記念すべき一日の夜が更けていった。 翌朝、日の光を顔に受けた霖之助が目を覚ます。 片腕に重みと痺れを感じて見てみれば、最愛の人が頭を預けて眠っていた。 安らかなその寝顔に微笑みながら、そっと髪に指を滑らせる。 「……ん」 どうやら起こしてしまったらしい。寝ぼけ眼でこちらを見つめる紫に、朝の挨拶をささやいた。 「おはよう……紫」 「ん~、霖之助さん……」 ふわふわした笑みを浮かべ、紫は霖之助の首筋にかじりついてきた。 霖之助の首に鼻を擦り付ける紫。霖之助は紫の髪を梳きつつ、自分の頭をコツンと当てた。 結局その日は一日中、同じ布団でゴロゴロとじゃれあうことになるのだった。 前の話へ 後日談へ
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前の話へ 次の話へ あらすじ 霖之助に勧められたブルマが気に入るあまり、服をたくし上げて霖之助に見せる美鈴。 紅魔館に戻った後も悶え続ける美鈴を不審に思うレミリアと咲夜。 霖之助から事情を聞いたレミリアは美鈴に香霖堂へ行くよう命じることにした。 レミリアの襲撃から2日後、香霖堂の軒前に、深呼吸を繰り返す赤い髪の女性がいた。 名前は紅美鈴。紅魔館の門番である。 本日は休暇のはずだが、主のレミリア=スカーレットに命じられて香霖堂を訪れたのだった。 「うう、流石に店の前まで来ると緊張する……。 霖之助さんは……やっぱりもう起きてるのかなあ」 以前やらかしたことを思い出すといまだに顔が赤くなる。 「と、とりあえず起きているのかどうか確認しよう……」 そうつぶやくと、店の戸に耳を当てる美鈴。 霖之助の動く音を聞こうというのだろうが、店番をしているときの霖之助はほとんど本をめくる以外のことはしない。 それに気がつかないほど緊張しているということなのだろうが、そんな美鈴のもくろみは 「……何をしているんだい?」 「ひぅ……!」 散歩から帰ってきた霖之助の一言によってもろくも崩れ去るのだった。 「ああ、前にレミリアが言っていた件か。 門番の仕事に身が入らなくなってしまったんだって?」 「うう……おっしゃるとおりです」 小さくなる美鈴。 (これは相当気にしているな) 咳払いを一つ。 「あー、その、なんだ。すまなかったね。僕がうかつなものを勧めたばっかりに」 美鈴の方はまさか霖之助に謝られるとは思ってなかったらしく、バッと顔を上げて反論する。 「そんな、霖之助さんは何も悪くないです! ……そりゃあ最初はちょっとびっくりしましたけど。 その、悪いのは調子に乗ってあんなことをした私であって……なんていうか……」 思い出すと恥ずかしいのだろう、声が尻すぼみになっていく。 結局なんと言っていいのかわからない霖之助が自分に歯噛みしていると、美鈴の方から再び話しかけてきた。 「あの……一応弁解しておくとですね…… 別に普段からああいうことをしているっていうわけじゃなくて…… 嬉しさのあまりにっていうか、その……」 そこまで聞いてなんとなく目の前の少女が気にしていることを察する。 なので、また声が小さくなってつぶやいている美鈴に一言言っておくことにした。 「そういうことか…… 大丈夫だよ。君がはしたない女だなんて微塵も思ってないし、 人も妖怪も、後で思い返すと後悔するような行動を思わず取ってしまう事がまれにある。 僕はあのことで君をどうのこうのと思うことはないから、安心したまえ」 その言葉を聞いて安堵の息を漏らす美鈴。 「よ、よかったぁぁ~~。 変な子だと思われてたらどうしようかと思いましたよ~」 その姿に霖之助もついつい口元が緩む。 そうして2人で笑いあうことになった。 「あ、それと、お嬢様から聞いたんですけど」 再び美鈴が口火を切る。 まだ何かあったかな?と思いつつ先を促す霖之助に対し、 なにやら思うとことがあるらしく、美鈴は膝の上で指を弄りながら、上目遣いにポツポツと話し始めた。 「えっと……実はお嬢様が、『あの店主は美鈴が魅力的だって言ってたわよ』って言ってたんです。 聞いたときはまさかと思ったんですけど、ま、前にも言ってくれましたよね? 君が非常に魅力的なことは認める……って。 私は妖怪で、力は強いし、手は拳ダコができてて、咲夜さんやお嬢様みたいにきれいな手じゃないですし、 今はわからないかもしれないんですけど、背中や二の腕なんかも結構筋肉がついてるんです。 だから、男性から見たらきっと、魅力なんて全然ないんだろうなあって思ってたんですけど……」 不安げにこちらをちらちら見ている。 これははっきり言ってやらなければならないな、と霖之助は演説モードに入った。 彼女は自分を過小評価している。物の価値を正確に理解させるのも道具屋の義務だ。 ここは一つ褒めちぎってやるとしよう。 「正直な話、君は自分自身を低く見すぎているね。 力が強いのは妖怪であるから当然で、全くマイナス要素にはならないよ。むしろ頼れる女性を好む男は多い。 それに、筋肉があるといってもあくまで女性の範疇でだ。 むしろ引き締まってみえる上にしなやかさと活力に溢れていて実にすばらしいじゃないか。 手のタコに関しては人それぞれだが、僕個人の意見を言わせてもらえば、 いわゆる白魚のような手なんかより君のような手のほうがずっと好ましい。 その手を見るだけで、君が日々どれだけよく頑張っているのかよくわかるよ。 胸を張りこそすれ、卑屈になる理由なんて微塵もないと断言していい。 そして何より君は優しくて思いやりがある。 僕の知る女性たちは性格的にたくましい代わりに繊細さをどこかに落としてきたような連中ばかりだ。 その中で君の性格はまさしく砂漠のオアシス。一緒にいて癒されることうけあいだ。 さらに……」 「も、もういいです!十分わかりました!わかりましたから!」 褒められ慣れていないのか、あわてて止めにかかる美鈴。 「そうかい?正直まだ半分も語っていないんだが」 「そ、そうですか……」 「ふむ、久しぶりに語ると喉が渇いたな。お茶を入れてくるから待っていたまえ」 そういい残して霖之助が奥に引っ込むと、美鈴は大きく息を吐いて崩れ落ちた。 霖之助のことだからまあ否定はされないだろうくらいに思っていたのだが、とんでもなかった。 まさか、あそこまで立て板に水とばかりにほめ言葉が出てくるとは。もう腰が抜けそうだ。 そしてなにより、 「どうしよう……顔がにやけて戻らなくなっちゃった……」 前の話へ 次の話へ
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これは 未知との遭遇(1)第一種接近遭遇 の続きとして書かれたものです。 変人さんはそこらに落ちてるので探してお読み下さい。正常な方は今すぐ閉じて下さい。どちらでもでもない方は慧音と霖之助が少し仲良くなった状態と考えてお読み下さい。 接近遭遇の順序がおかしいのは仕様です。 第三種接近遭遇 その日は本格的な冬の訪れを告げるかのような寒さだった。霖之助はストーブをつけている、これからしばら く世話になるだろうが今季では初稼働だ。 香霖堂には人影ふたつ、茶を啜る少女と読書に励む青年。青年の方は一応この店の店主なのだが客がいようが いまいが変わらない、そもそも少女は霖之助の客ではあるが香霖堂の客ではない。香霖堂の客でないなら店主と してもてなす義理はない。茶を飲んでいるのは霖之助としてのもてなしだ。客でもない人間をもてなすほど香霖 堂の経営状態は芳しくないが、幸いにも彼は生活に困窮することもない。 空になった少女と自分の湯呑に茶を注ぎながら質問をする。 「魔理沙には会えたかい?」 「ええ、なんとか。神社で捕まえました」 汚い店内を眺めていた慧音はやっと上げられた声に霖之助を見る。どういう話になったか教えてくれと言われ ていたのを覚えていたからこそ訪れたというのに、この店主ときたら二、三言挨拶を交わしたかと思えば読書に 耽ってしまった。これではいい人間関係など築けるはずもない、客が少ないのも頷ける。 人を挑発するようなことも言うし。 「人間というのはわかっていましたからね。誠意を込めて謝罪したつもりなのですが……」 「人違いだと言われた、かな?」 魔理沙が言いそうなことを読んで慧音よりも先に霖之助が答えた。 「よくわかりましたね。“なんのことを言ってるかわからないぜ”と言われました。私が覚え違いをしていると は考えにくいのですが彼女に覚えがないならそうなのかもしれません」 「じゃあもうその件はそれで終わりにするのが賢明です。たぶんなんとかなってますよ」 慧音は首をかしげ、霖之助は笑いを噛み殺している。 用は済んだとばかりにそれきりまた霖之助は読書を始めてしまった。手持ち無沙汰な慧音は店内を見て回る。 とはいえ整理されていないのでろくに見られない。よくわからないものを下手に触って壊してしまうのもはばか られるので、結局見るものもろくにない。おまけに店主が読書をやめる気配もない。 慧音は本読み半妖にひと声かけて帰ることにした。しばらくここを訪れることはないだろうと予測をして。 上白沢慧音はまた香霖堂を訪れていた。慧音からすればこの店主はいけ好かないが、里外の者に挨拶回りをし ようとするとちょうどいい場所にこの店があるのだ。発端である「謎の人間探し」はもう達成されているが、中 途半端を良しとせず踏破しようとしている。 霖之助としてもこのような好き者はいい退屈しのぎになると受け入れている。魔理沙や霊夢などとはち合わせ になることもあるが、その度に慧音は念入りに情報収集をしていた。 まあ早い話がこの店は店主の性格や嗜好を除けば慧音の目的にうってつけなのだ。霖之助がそういう場所を選 んだのだから当然である。しかし残念ながら客の姿は今日も、ない。 普段は日光が和らぎ始める頃合いに訪れる慧音だが、今日はまだ日が頂点にも行きついていない。 「今日はずいぶんと早いね。奥まで行くのかい?」 「それもありますけどちょっと今日は報告がありまして。普段は森近さんを楽しませるようなことを言えないの でどうかと」 霖之助は慧音なんぞに面白い話を期待していない。彼の楽しみ方はあくまでも彼女を観察することに集約され ており、話すも聞くもこれ以上つまらない存在はないと思っている。一応顎をしゃくって先を促す。 「二年ほど前から温めていたのですが稗田家との連携や場所の確保ができたので、挨拶回りがひと段落着いたら 里に学校を開こうと思います」 慧音の言葉が終わる前に霖之助が茶でむせた、そしてそのまま噛み殺すこともできずに大笑いに移行。彼女の 真剣な言葉は時に練りに練られた皮肉や冗談よりも彼の腹を苦しめる。しかもこれは今までにない大当たりだ。 「はあ、はあ、ふう、苦しかった。それにしても言うに事欠いて学校! 半妖が人間にものを教えるのかい、君 もたった数ヶ月でずいぶんと言うようになったものだ」 「私は本気だ、人が真剣に準備してきたことを嘲笑うのは感心しないな。次世代を担う里の子らに歴史を教える ことが笑われるようなことだとは思えない。それとも教えるのが私だからでしょうか?」 思わず地の言葉使いが出ている、そしてそれに気付かないほど興奮している。彼女も面白いこととは言ったが まさか笑い飛ばされるとは思っていなかったのだろう。霖之助は素早くそれを察知して声のトーンを下げる。ま たぶん殴られるのは嫌なようだ。 「すまない、僕が笑ったのはそこじゃないんだ。確かに人間は忘れっぽいからそういうのも必要だろう。教える のが白沢というのも理想的と言える。でも、昔の人間の半妖への態度を思い出すと、ね」 霖之助もわかっている。当時、大多数の人間にとって妖怪とは畏怖の対象でしかなく、人間のすべてが強くは なかったことを。ましてや半分もそれらの血が混ざっている子供がどれほど気味の悪い存在だったか、も。 「後で混ざったとは言え、君もわからなくはないだろう?」 慧音がは息を飲む。彼が先天性であることを失念していたのだろうか、彼女が比較的恵まれた環境だったのだ ろうか。 「す、すみませんでした。でも――」 「その学校のおかげで妖怪について理解が進み、結果僕のような子供が今後たとえ昔のように荒れたとしても出 ないのならば、喜ばしい限りだよ」 椅子から立ち上がり、そもそも笑いはしたが反対をした覚えはないな、と優しく言い放って目の前に座る少女 の頭に手を乗せる。 慧音はその手を取り、はっきりと宣言する。 「はい、私の力が及ぶ限り」 「香霖邪魔――」 見事なタイミングでドアが開けられる。魔理沙と霊夢は店内をぽかんと眺め。 「したぜ!」 すぐさまドアが閉じられる。 「あれ? 魔理沙に霊夢、来たそばから帰るとはどういう了見なんだ?」 さすがは霖之助。慧音はそれを受けて。 「そういえば最近私が来ているとこういう風なことがありますね。もしかして嫌われてしまったのでしょうか… …」 負けてはいなかった。 薄暗い店内で近い境遇の男女が互いに手に手を取り合い、見つめあう様が人にどうとられるか、などという簡 単なことを、博学聡明と言われるふたりは考えたことはないのだろうか。 「いやーしかし香霖もやるときはやるもんだな」 香霖堂から離れながら魔法使いが巫女に声をかける。 「そうね、霖之助さんは死ぬまでああなのかしらと思っていたわ。でもいいの? 霖之助さんのこと、好きなん じゃないの?」 「ああ、大好きだぜ。大好きなお兄ちゃんの幸せを祈るのはかわいい妹の大事な大事な役目だ」 強がりのない本心からの明るい声。 「それに香霖はいろんなところが適当だから少し真面目すぎるくらいがちょうどいい。そこ以外はいろいろと似 た者同士だしな!」 「でもあそこが使えなくなるといろいろと不便ね」 「女を気にして私たちを嫌がるほど気の利いたやつじゃないのは私が保障するぜ?」 「なら問題はないわ」 「まったく、冬はまだまだ続いてるってのにけしからんやつだぜ」 ストーブもあるしね、とは巫女。ふたりは、霖之助は冬を楽しむ気がないと結論付けたようだ。 当然ながら歴史の学校が始まってから慧音の香霖堂を訪れる回数は激減した、激減はしたが休日になるとひょ っこり顔を出し続けている。挨拶回り珍道中が学校の生徒談義と切り替わってしまったのが霖之助としてはいさ さか残念に感じていた。 ひとつ彼が気づいたことがある。この少女、話しだすとやたらと長い。しかも自分の話にのめりこんでこちら の言うことなぞ聞きやしない。話し相手としては落第だ。 「……という具合でな。断ってはいるんだが授業料として食べ物を頂くんだ。いつまでも断れるものでもないし 結局受取ってしまうのだが、少しならいいんだが量が多すぎてこれがなかなか困る。もらったものを腐らせて しまうのも悪いし――」 霖之助が誰かのことを棚に上げ、その長い話を聞き流してさりげなく読書を始めようとすると。 「こら、人の話を聞くときは相手の顔を見なさい」 という具合で、仕方なしに慧音の顔を見つめる羽目になる。魔理沙霊夢にもこういうときに限って訪れると同 時に帰られる。おかげで彼は彼女の顔をはっきりと覚えてしまっていた。笑うとどこがへこむだとか、渋い顔を するとどこに皺がよるだとか。だからと言って何かがあるわけではないが。 「で、今日は何の用なんだい? 学校での話をするためだけにうちに来るほど暇じゃないんだろう。先、生?」 一瞬の隙をついて霖之助が話の腰を折る。話題は何でもよかったので適当だったのだが何やら痛いところを突 いてしまったらしく、先ほどまでいい調子でしゃべっていた慧音が急にしぼんでしまった。 「えっと……あの、ええとええと。もっ! 森近さんは、いや違う、香霖堂は……妙に女性客が多いですよね。 霧雨の娘さんに博麗の巫女、紅魔館のメイドとか」 言われてみれば確かにそうだ。一見さんは同じくらいの割合だが常連は少女が多い。常連連中は客じゃないこ とが多いのが悩みの種でもあるのだが。 「実は、ですね。教え子のひとりに相談をされまして」 これでもかというほど言いよどむ。その姿を見てさしもの霖之助も深刻な話なのかと息を飲む。 「す……好きな男の子と仲良くなるにはどうしたらよいのかと……」 「それとうちに女性客が多いのと、何か関係が?」 当然の疑問である。 「き、近所の方に聞いたらすぐに広まってしまう! そんなことになったら私を信頼して相談してくれた子に申 し訳ない!」 本人にとってはとても深刻な問題らしく、顔を押さえて髪を左右に振っている。霖之助はあきれ顔で溜息をつ く。彼はうちにはどうして一風変わった客しか来ないのだろう、と考えているのだが答えは簡単だ。まともなや つはこんな場所に寄り付かない。来ても霖之助が追い払う。 「ならば自分の経験から抜粋して答えてやればいいだろう。相談者が女の子なら尚のことだ」 「ぐぅっ」 彼女は変な声をあげてうつむいてしまう。 「……んだ」 「よく聞こえない。悪いがもう一度大きな声で頼む」 「私にはそういう経験がないんだ!」 やけっぱちの悲鳴のような怒号のようなものが場を凍らせる。 慧音はうつむいたまま動かない。霖之助は呆れて動けない。 「君は長い人生何をしていたんだ」 静かな声に反応して、まるで痙攣するように顔が跳ね上がる。 「そんなの人の勝手だろう!? 恥を忍んで頼んでいるのだから何も言わずに教えてくれ……」 「生憎彼女らが寄り付いているのは僕じゃなくて外の道具だ、ちなみに僕もその類の経験はない、そんなことに 時間を割くくらいなら道具の手入れか読書をするね」 首まで朱に染め、目を潤ませた慧音をただの一言で切り捨てた。 霖之助は置物のように固まってしまった慧音を放っておいて読みかけの本に取り掛かる。二、三頁を捲ったあ たりで素っ頓狂な声が上がった。 「それにしてもこの店は整理されてないな。言い方が悪いがまるでがらくたの山だ」 哀れな半獣を見て霖之助は眉間に指を当てて考える。追い討ちを掛けてもいいがそれはさすがにかわいそうだ ろうか、それに逆上されても面倒だ。 「ひどい言い分だね。ここにあるものはみんな僕の宝物の、がらくたの山さ。君にだって宝物のひとつやふたつ あるだろう?」 珍しく霖之助が救い舟を出す。泥船かもしれないがないよりはましなはずだ。慧音もこんな苦し紛れで話をそ らしてもらえるとは思っていなかった。 「あ、ああ、ある。どれだけ金を積まれても絶対に手放したくないものがね」 「それは興味深い、ぜひともお目にかかりたいものだ」 慧音はきょとんと霖之助を見る。窓の外を見る。見たいかと尋ねる。 何か不審な気配を感じながらも霖之助が肯定の意を表すと、慧音はそそくさ帰り支度を始めた。 「ちょうどいい、いつかの話を聞いてからずっと見せたいと思っていたんだ。ここに持ってくることができない ものだから付いてきてくれないか? まだ時間も早い」 霖之助が窓の外を見ると確かに陽は天頂を過ぎたばかりのようだ。 すっかり支度を終えたところでやっと思い出したらしく、苦々しい口調で声をかける。 「しまった、店番をしなければいけないのだったな。また今度にしよう」 「こうすればいい。どうせ客なんか来ないさ」 朝と晩に付け替えられる木製の板を取り出す。そこには「準備中」と書かれていた。 霖之助の胸には後悔が渦巻いていた。慧音の家を知らない手前金魚の糞のように彼女に付いて行くしかないの だが、老若男女問わず道行く人々のほぼ全てに声をかけられる、もちろん慧音が。いや、それだけならかまわな い、たとえひとりひとりと談笑するせいでやたら時間がかかろうともそれだけならかまわないのだが、これまた ほぼ全ての人が霖之助のことをちらちら見ながら慧音に素性を聞いているのだ。これは見世物になっているよ うで霖之助としては面白くない。不満は言うのだが。 「もうしばらく辛抱してくれ」 と繰り返されるばかりだ。 しばらくはそんな状態にも耐えていた霖之助だが、一向に家に着く気配がないのでいよいよ飽きてきた。もう 「あの人誰?」だの「そちらさんは?」だのには反応する気にもなれない。それでも彼が帰らないのは慧音の言 ういくら積まれても手放したくない代物を拝んでないからだ。彼女は物に執着するタイプではない、その彼女を してそこまで言わせる物……興味がある。 やがて日が暮れる。もうかなりの距離を歩き回り、自称インドア派の霖之助にはやや疲労の色が見える。 「もういいだろう。そろそろ家の方に連れて行ってくれ」 「私の家? 別にかまわないが」 こういうときの慧音の不思議そうな顔は本当に無防備で、永い年月を歴史にしてきた賢人には見えない。 そしてその表情が霖之助が感じていた違和感をさらに顕著にする。なんだろう、この「家に行く」を本当に意 外とでも思っていそうな雰囲気は。 いざ家に向かうとものの半刻ほどでそこに着いた。上がると部屋は外観からの予測以上に広い、というより物 がない。霖之助は香霖堂を基準に考えるので物が多い家などほとんどないのだが、慧音の部屋には本当に物がな い、学校で使うと思われる道具がなければ箪笥と机ぐらいしかない。半妖などの存在は生命としての根源的な欲 求を捨てるときに一緒に他の欲求も一部捨ててしまうのか、物に対する執着心が極端にないか極端にあるかのど ちらかであることが多い。ただ単に慧音がそういう性格なだけかもしれないので考えるだけ無駄なのだが。 「緑茶紅茶豆の茶があるがどれがいい? ああ、すまない。紅茶は切らしていた」 勝手から声がする。霖之助は一応客として扱ってもらえるらしい。 「珈琲で頼むよ」 そういえばいつの間にか彼女の敬語が影を潜めている。どうでもいいことだが。 「これは……苦いな」 運ばれてきた珈琲を一口啜るなり霖之助は渋い声を上げた。 「砂糖とミルクを持ってこようか?」 「いやいい。慣れてないだけさ、それにいつだか読んだ本に珈琲は苦くて黒くないといけないだかそんなことが 書かれていたはずだ。確か続きもあったはずなんだけどちょっと思い出せないな」 霖之助がちびちびと珈琲と格闘する一方、とっくに飲み干してしまった慧音がその様子を眺めている。 「それで件の宝物とやらはどこにあるんだい?」 どことなく不快な視線をそらさせようと本題を切り出す。これも最初は慧音のごまかしから始まったので本題 もへったくれもないのだがここまで来て見ないという選択肢はない。 「おや、たっぷりと見せてきただろう?」 妙な違和感は……これか。 「人里の風景とか言うんじゃないだろうな」 「安心しろ、違う。里の中を練り歩いてたくさんの人と言葉を交わしたわけだが、私から声をかけたのがその内 の何人だか覚えているか?」 霖之助は今日のことを思い返す。最初は確か村人の方から声をかけてきた、次もそうだ。それから……。 ん? 「そう、普段はもちろん違うが、今日はあえて私からは一度も声をかけていない。若い衆はまだしも、ご年配の 方の中には妖怪の恐怖が身に染み付いている方もいるのにだぞ? こればっかりはいくら積まれようが手放す ことはできないな」 霖之助は自らの額を手で覆った。 この半獣、愚直な堅物かと思いきやなかなかやるではないか。半妖と人間の信頼関係、ね。いつかの話とやら を今ここで持ち出してくるとは。 「確かに素晴らしい宝物ですが、これはうちでは取り扱っていない代物ですね。買い取りはあきらめてお暇させ ていただきますよ」 空のカップを机に返し、立ち上がる。もう時間も遅いし長居は無用、ボロが出る前にさっさと切り上げるのが 上策だ。 「そうか。ここからなら帰りに襲われることもないだろうが一応気をつけるんだぞ? 何かがあってからでは遅 い」 わかりましたよ先生、と皮肉で返したつもりなのだが、彼女は満足気にうなづくだけだった。 「土産に持って行け」 「ついさっき素晴らしい宝物をごちそうになったばかりでね、遠慮しとくよ」 大量の食糧を霖之助に押し付けようとする慧音をかわし、霖之助は帰路に着いた。彼は暖房の効いた部屋にい たわけでもないのに冬の寒風を実に心地よく頬に感じていた。 ふたりは気づいているのだろうか。今日の行動が俗になんと呼ばれるものなのか、人々の目にどう映っていた のか。気づいているのだろうか。 つづけーね
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前の話へ 次の話へ あらすじ 香霖堂へ買い物に来たアリス。 霖之助に和裁と洋裁の違いを語られる。 和裁と霖之助に興味が湧いたので頻繁に通うことにした。 「ふう……なかなか上手くはいかないものね……」 ここは魔法の森、七色の人形遣いことアリス=マーガトロイドの自宅である。 数週間前、香霖堂に足を運んだ際に和裁と洋裁の違いについて店主の霖之助に語られ(後半はむしろアリスが強引に聞き出していたが)、人形作りに活かせることがありそうだと、試しに日本人形を作ることにした。 コンセプトが違うとはいえ基本は同じ人形、すぐに完成させてみせると意気込んだアリスだったが、現実はそんなに甘くはなかったようだ。 「おかしいわねえ。この前聞いたとおりにやってるはずなんだけど。ちょっと確認してもらったほうがいいのかしら?」 日本人形の作成を始めて以来、アリスが香霖堂に足を運ぶ頻度は右肩上がりに上昇している。 人形作りとなると驚異的な集中力とこだわりを見せるアリス。 最初に和裁への興味を植えつけたこともあって、わからないことがあれば霖之助に相談することになっている。 「よし、善は急げ。試行錯誤も大事だけど、素直に助けを求めるのも大事よね!」 そう結論付けたアリスはいそいそと荷造りを始めた。 所変わって香霖堂。 アリスの人形を見た霖之助はその問題点を把握、早速アリスに講義を開始した。 「おそらくここの縫い合わせがその後の作業に微妙な狂いを起こしたんだろう。ここの工程は非常に複雑だから無理もないが……」 普段は買い物目的以外の訪問者を好まない霖之助だが、趣味が近いこともあってアリスの来訪はわりと歓迎しているようだった。 なにしろ人形作りの知識になるからということで、霖之助の薀蓄を真剣に聞いてくれる。 おまけに物覚えもよく、指導したことはすぐに吸収し、必要になれば布や糸まで買ってくれる。霖之助にとっては理想の客と言えた。 「なるほど……これはもっともっと頑張らないといけないかしらね」 「まあ、この前始めたにしては十分すぎるほど上達しているよ。流石という他ないね。 これはそのうち僕が君に教わることになりそうだ」 「ふふ、ありがとう霖之助さん」 その後もたわいない会話が続き、気付けば夕日が差し込む時間。 「あら、もうこんな時間? 今日はこのあたりにしておきましょうか?」 「そうだね。若い女性の一人歩きはよろしくない。暗くなる前に帰ったほうがいいだろう」 その言葉に少し悪戯っぽい笑みで返すアリス。 「なに? 心配してくれるの?」 「当然だろう? 君がいくら強くても万が一ということもある。 折角できた趣味の合う友人を、心配するなと言うほうが無理というものさ」 まさかここまで大真面目に心配されているとは思わず、アリスの思考が一瞬停止する。 「……どうかしたかい?」 「う、ううん、ないでもないの! それじゃあ暗くなるといけないから帰るわね!」 「そうかい? じゃあ気をつけて。またいつでも来てくれたまえ」 家に戻るころには多少落ち着きを取り戻していた。 アリスは今日教わったことを忘れぬようにと、すぐ人形作りを再開。 順調に手が進む。やはり霖之助に相談に行って正解だったようだ。 それにしてもあの店主とここまで話をするようになるとは、ついこの前まで思ってもいなかった。 接客もせずに本ばかり読んでいる偏屈物。そんなかつての評価は跡形もない。 「……ふふ」 今日のやり取りを思い出すと自然に笑みが浮かぶ。 今度は人形作りとか、買い物とか、そういうのは抜きで香霖堂に行くのも良いかもしれない。 そんなことを考えながら、アリスの1日は過ぎていった。 前の話へ 次の話へ
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[部分編集] 霖之助と愉快な仲間達の紹介ページです。 タイトル 霖之助と愉快な仲間達 作者 幼舐め男氏 サイト キャタピラーの巣窟 ダウンロード pass yukai ツール RPGツクールVX Ace ジャンル RPG 最新ver 誤字修正版(2013/5/22更新) 動作環境 Windows 8/7/Vista/XP/Me/2000 メインキャラ 霖之助、他7名 価格 無料 ストーリー ○月××日、幻想郷は滅ぶ寸前になっていた。 侵略者は弾幕が通用しない謎の生命体。 まったく歯が立たない紫は草薙の剣を持つ霖之助に幻想郷を任せるのであった。 特徴 東方では珍しい原作の男キャラだけを掻き集めたという異色のRPG。 中にはトランプキングのように他ではまず見ないようなキャラまで登場しており、 普段と変わったメンバーでのプレイが可能。 一方でゲーム自体は至って普通のデフォ戦である。 コメント ▼コメント投稿欄へ wikiを隅々まで見て載ってなかった情報や、記述内容の誤りの指摘などを寄せて頂けると助かります。 バグ報告があれば作者のサイトへどうぞ。その際はバージョンを記述しておきましょう。 レスをしたいコメントのトップにあるラジオボタン【◯】をクリックしてから コメントを書き込んで下さい。 そうするとログが流れず、どのコメントへのレスかもすぐに分かるのでやりとりがスムーズに出来ます。 (表示は10件分に設定してますが変更は可能です) ※コメントを書き込む際、以下の点を確認して下さい※ 質問をする場合、一度コメントログやコンテンツに目を通して既に同じ内容が載っていないか確認して下さい。 wikiや攻略情報と関係の無い以下に該当するコメントは、削除対象となります。 雑感・雑談・愚痴 誹謗中傷 プレイ日記 特定キャラでの攻略や低レベル攻略といった縛りプレイ全般 一般常識を逸脱するようなコメント 1 - 名無しさん 2013-07-11 18 38 21 2 - 名無しさん 2014-07-26 14 11 21 具体的にキャラは何が出るんですか?(プレイしろと言われたらそこでお終いですが) - 名無しさん 2014-10-04 21 14 27 プレイしろ - 名無しさん 2014-10-05 13 38 59 ですよね~・・・ - 名無しさん 2014-10-05 20 19 35 タイトル画面に出てる8人全員だけど二人は設定だけのキャラだし一人は超マニアックだからやらねえと多分分からん - 名無しさん 2014-10-06 02 34 32 まぁ一応七人は知ってるんですが、真ん中のトランプみたいなのが分かりませんw - 名無しさん 2014-10-06 18 54 11 確か左からおまけに俺の偏見で書いてます。すいませんw - 名無しさん 2014-10-06 19 13 38 プレイしてて分かったが、間違えてまくってるなww - 名無しさん 2014-10-09 21 28 16 さっきクリアしたが、一時間ほどでクリアできるお手軽な内容だった - 名無しさん 2016-01-21 01 00 53 あと、人里の前のエリアに隠し通路発見w一気に最強になれるアイテムがあったw - 名無しさん 2016-01-21 01 02 23 名前 全てのコメントを見る ▲ページ上部へジャンプ
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以前、投下した 9スレ734 の微妙な続きのお通しを投下します。 いや、あの唄がどうもこんな解釈しか出来ない自分も十分病んでるのなぁ…。 幻想郷の魔法の森にある森近霖之助が経営する香霖堂。 そこに、少し前から外来人の〇〇という青年が住み込みで働いていた。 店主に店番を任された彼は今日も仕入れ先【?】である外来の品が流れ着く無縁塚から人気の品である雑誌を拾って来て陳列し叩きをしていた。 〇〇「いつかアナタによく似た笑顔の男の子と~、いつか私と同じ泣き虫な女の子~♪」 外界に居た時に何度も見た拾って陳列した人気雑誌のCMのBGMを思い出し歌っていると…。 ガチャ…カランコロン…。店の扉が開き、「ただいま。」と声がした。 〇〇「家族になろうよ~♪ん?あぁ、霖之助さんお帰りなさい。って、こりゃまた皆さんお揃いでいらっしゃいませ。」 霖之助の後ろには幻想郷の重鎮である博麗の巫女、白黒の魔法使い、紅魔館のメイド長、八雲と白玉楼と永遠亭の主従に人里の守護者が居た。 霖之助「〇〇君…ご機嫌なのは分かるけど、外まで聞こえていたよ?」 〇〇「あちゃ、ホントに外まで聞こえていました?何か恥ずかしいですね…ん?あぁはいはい、皆さん今日もまた同じ雑誌をご購入ですか?いえいえ、今しがた陳列したばかりですからね、この雑誌。」 少し呆れた顔し荷物を置くために店の奥に引っ込んだ霖之助との会話をしていると、客として来ていた重鎮達がそれはそれはにこやかな笑顔で先ほど〇〇が陳列したゼク〇ィやた〇ごクラブとひよこク〇ブを抱えながら会計を待っていた。 〇〇「え?さっきの唄の題名?【家族になろうよ】ですよ。いい唄でしょう?」 会計時にさっきの唄の題名を知り、満足気に帰る重鎮達。 その日ー、魔法の森の至る所が灰燼になったとか。 霖之助(〇〇君の変わりの新しい外来人の従業員を募集するかな?) そう切実に思う霖之助だった。
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―――僕の人生は人よりずっと長い。 だから、僕には人生が短いという感覚は理解できないだろうね。 きっと死の間際には、よく生きたと満足して笑って見せるよ――― 【英雄伝】 いつもどおりの日常を過ごしていたはずが、気が付けば手足は満足に動かず、 何日眠らなくても疲れを知らなかった肉体は、たった数時間の読書にすら倦怠感を主張するようになった。 衰えたのは肉体ばかりではない。 いつしか未来の自分に思いを馳せることはなくなり、過去の思い出にばかり浸る自分がいた。 新しい物を求めるよりも、今ある物で満足することを覚えた。 そうして悟った。もう、自分は長くないのだ、と。 幻想郷にある魔法の森。 その入り口に存在する店、香霖堂の店主こと森近霖之助は、老いた自分を振り返っていた。 すでに何年生きたのか覚えていない。 体力はすっかり落ちきってしまい、無縁塚への仕入れはもう何年も前から行っていない。 いや、すでに一日の大半を布団か椅子の上で過ごす毎日だ。 見た目の姿も随分と変わった。 もともと白かった髪は、色こそ変わらずとも艶を失い、顔には多くのしわが刻まれている。 だが、それらは決して不快感を与えるものではない。 重ねてきた月日が性格を丸め、その性格を反映した柔和な笑顔。 その笑顔を見て、かつて彼が仏頂面とからかわれていたことを信じるものはいないだろう。 そう、かつては霊夢や魔理沙にからかわれてばかりだった。 「……最近は昔のことを思い出してばかりだな」 自嘲気味の笑みを浮かべる。思えば随分生きたものだ。 結局、外の世界を目にすることは適わなかったが、自分の人生には概ね満足している。 外の世界のほかに心残りといえば、自分の集めた品の行方くらいのものだ。 特に草薙の剣と、大昔に無縁塚で拾い上げた彼の背丈ほどもある古時計。 死後の世界にそれらを持っていけるわけではないのに、と苦笑する。 「調子はどうだ?霖之助」 「慧音か」 霖之助が床に伏せるようになると、友人たちはそれまで以上に香霖堂を訪れるようになった。 今では当番制で家事や霖之助の生活を手伝ってくれている。 自分はどうやら自覚していた以上に彼女たちに好かれていたらしい。 「どうにも、昔のことを思い出してばかりだ。これはいよいよ天に召される時が来たかな?」 「またそんなことを言っているのか……」 半分人間の血が混じっている者の中で、霖之助の寿命が最も短かったらしい。 慧音や妖夢も年は取ったが、まだまだこれから人生の折り返し地点というところだ。 咲夜、霊夢、早苗、そして人間として生きることを選んだ魔理沙はすでに他界し、今はその子孫たちの時代になっている。 「魔理沙、霊夢、咲夜、早苗、か」 懐かしい名前に、慧音が応じる。 「随分久しぶりに聞いたな。懐かしいものだ」 「ああ。特に、魔理沙と霊夢には迷惑もかけられたが、彼女たちがいなければ、 君を始めとしてこんなに多くの友人を持つことはできなかっただろうね」 思い出話に華が咲く。 楽しい一時だったが、かつての自分はこんなにも過去の話で盛り上がることはなかったと、 霖之助は改めて自らの老いを自覚した。 「それではまた来るからな」 「ああ、楽しみにしている」 霖之助が夕食を済ませて床に就くと、慧音は少しのやり取りを済ませて帰り支度を始めた。 ふぅ、と一息ついて、霖之助はまた思索の海に沈む。 結局、自分はだれかと添い遂げることはなかった。 こんな自分でも、好意を向けてくれた女性は少なくない。 慧音とて、何度も人里で共に暮らそうと言ってくれた。 彼女たちに応えることができなかったのは申し訳ないが、誰かを選んでいれば、その分誰かと疎遠になっていただろう。 そうなれば、今のように多くの友人を持つことはなかったかも知れない。 そう思えば、多くの友人と知り合い、その内面に触れることができたこの人生も、悪くはなかった。 これなら、安らかに死んでいけるだろう。 若いころから、死について考えることが度々あった。 死、四、史、始。 これらは同じ、『し』という読みを持つ。 これは死した者の行く末を暗に示していると言えよう。 肉体は『四』大元素(火、水、土、風)へと分解され、世界の構成要素となる。 残した足跡は歴『史』となり、残された者たちの道しるべとなる。 そして、魂は輪廻の輪をぐるりと回って、また新しい生を『始』めるのだ。 ゆっくりと目を閉じる霖之助。 いつもは眠りが浅くて困るというのに、今日は易々と意識が沈んでいく。 まるで、死に誘われるかのように。 帰り支度を終えた慧音は、次に来る日を思い浮かべつつ、店を出ようとした。 だがその時、ありえないはずの音を聞く。店の古時計が、時間でもないのに音を上げた。 ボーン 振り返ってみるが、今の時刻は18時20分というところ。 ボーン 故障だろうか。霖之助が拾ってきてからというもの、こんなことは一度もなかったが。 ボーン すぐ止むと思っていたその音は、むしろ激しさを増して店内に響き渡る。 ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、 ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、 ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、 ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、 ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、 ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、ボーン、 何かを訴えるように鳴り続ける時計を呆然と見ていると、かつて霖之助に聞いた話を思い出す。 この時計は、ある人物が生まれたときに送られたもので、その人物が亡くなる瞬間に音を上げた後、壊れて幻想入りしたものだと。 「……まさか」 慧音は部屋に戻り、横になった霖之助に声をかける。 いつもなら例え寝ていても起き上がってくる霖之助が、微動だにしなかった。 時計の音は、まだ止まない。 古時計の音は、届くはずがない場所にいる者の耳にも届いた。 いや、正確には耳に届いたのではない。 頭の中に直接響いたのだ。 最初は疲れているのか、それとも何かの悪戯かと思った彼女たちも、延々と続くその音に聞き覚えがあること、 そしてその音を何処で聞いたのかを思い出し、嫌な予感と共に香霖堂へ向かった。 朦朧とする意識の中で、霖之助はいよいよ自分の死を確信する。 周りには友人たちがいるはずだ。はっきりとはわからないが、声が聞こえたように思う。 しかし、死に向かう霖之助の体は、彼の意識をどんどん皆から遠ざける。 目は周りの様子を写してくれない。死ぬ時には皆の顔を焼き付けておきたかったのに。 耳が音を感じない。皆の声に囲まれて逝きたかったのに。 手足が言うことを聞いてくれない。死の前に、できれば握手の一つでも交わしたかったのに。 口は唸り声すら出そうとしない。皆に感謝の言葉を告げたかったのに。 鼻も利かなくなったようだ。住み慣れた家の香りを感じることすらできなくなった。 残酷なことをしてくれる。 自分に音も光もない孤独の中で死ねというのか。 死ぬ前に済ませておきたかったことは何もできないまま、 こんなに心配してくれている皆になにも伝えられぬまま、最期を迎えるのか。 いや、まだ残っているものがあった。 それは、触覚。 皆が自分に触れているのを感じる。 そして彼の能力は、蝋燭が最後に一際燃え上がるかのごとく、ここに来て進化を遂げた。 『道具の名前と用途がわかる程度の能力』 生命体の名前はわからなかったはずが、今では触れた手から皆の名前が流れ込んでくる。 頬に手を当てているのは紫。 口元で呼吸を確認しているのは慧音。 右手で脈を診ているのは永琳か。 両の肩口に水滴が滴ると思ったら、美鈴と鈴仙が泣いていたのか。 左手を包んでいるのは文の両手。 霖之助の能力はよりいっそう強く燃え上がる。 一人一人の声が肌に届くたび、なんと言っているのかまではわからずとも、それは誰の声だと教えてくれる。 長年付き合ってきた妖怪たちばかりではない。 年老いて穏やかになった彼を慕う人間たちも、わざわざ人里から大勢駆けつけてくれている。 部屋に入りきれないほどの人数が、霖之助に声をかけていた。 それは、本来存在するはずがない光景。 人と妖怪が、いがみ合うこともなく、一つの目的のために一堂に会している。 皆等しく、霖之助の死を悲しんでいた。 一際続いているのは古時計の音だったのか。そうか、君が皆を集めてくれたんだね。 ありがたい。自分なんかの死を、こんなにも大勢で惜しんでくれるとは。 僕は幸せ者だ。心の底からそう思う霖之助だが、困ったことにそのことで心残りができてしまった。 せめて皆に、自分は最期の最期で、幸福に包まれている事を伝えたい。 何もわからぬままに死んでいったのではなく、自分の生と死を見つめた上で受け入れて死んだのだ、と。 頼む、体のどこでもいいから言うことを聞いてくれ。すがるような思いで全身をもう一度確認する。 あった。 どうやら顔の筋肉は、まだ自分に味方してくれるようだ。 せめて、笑顔を残していこう。 よかった。まだ僕にも、できることが残っていてくれた……。 「脈が……止まったわ……」 永琳が霖之助の臨終を告げた。 泣き崩れるもの、 呆然とするもの、 必死に涙をこらえるもの、 反応はそれぞれだったが、誰もが霖之助の死に顔を直視できない。 しかし、そんな中でも誰かが声を上げた。 「……笑ってる」 その言葉を聞き、皆の視線が霖之助の顔に集まる。 脈が止まった瞬間、確かに無表情だったその顔は、いつの間にか笑顔に変わっていた。 そして、慧音の声が響き渡る。 「全く……。 自分が死のうとしているその真際に、私たちを安心させることを考えるとは、お前も本当に変わったものだ。 だが、残念だったな霖之助。お前の作り笑いなど皆お見通しだ。 ……この……大馬鹿者の……お人好し……め……」 慧音の両目から、大粒の涙が溢れ出す。 その視線の先に横たわる霖之助。 その顔に浮かんでいたのは、かつて自らが苦手と公言して憚らなかった営業用の笑顔。 霊夢が、魔理沙が、わざとらしいと揶揄した、ぎこちない『誰かのための笑顔』を、今再び霖之助は浮かべていた。 何時しか、時計の音も消えていた。 蝉がやかましく泣き叫ぶ、夏の日の夕暮れ。森近霖之助の時間は停止した。 そして、1つの物語が阿礼乙女の蔵書に加わる。 物語の題名は、『森近霖之助伝』。 人と妖怪両方の血を引きながらにして、どちらの道を選ぶこともなく、個人としての行き方を貫き、遂には人と妖怪の区別なく多くの友人を作った男の人生を伝える、『英雄伝』。 この物語に新たな一行が加わることは、もう、ない。
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前の話へ 次の話へ あらすじ アリス、霖之助から和裁について教わる。 和裁の技術を習得すべく、日本人形を作り始めた。 アドバイスを求めるうち、興味の主体が徐々に霖之助に移っていく。 「で・・・できたーっ!」 若い女性の声が響き渡るここは魔法の森、アリス=マーガトロイドの自宅。 声の主アリスは先ほどから完成した人形を頭上に掲げ、どこぞの厄神の如くくるくると回っている。 喜ぶのも当然、今回作成した人形は今まで作ってきたものとは作り方がかなり異なる日本人形である。 基本となる人形の体は何とかなったが、慣れていないせいか和服の作成に苦労した。 その分、喜びもひとしおと言うわけだ。 「今日はお祝いね! 久しぶりにフルコースでも作ろうかしら? あーうれしー!」 たっぷり30分は喜び続けたアリス。そろそろ料理に取り掛かろうと考えたところでふと気付いた。 「霖之助さんにも見てもらわないとね……!」 新しい人形を嬉しそうに抱きしめつつ、つぶやくアリス。 実際、今回の人形作りでは霖之助に随分と世話になった。霖之助のアドバイスがなければ到底完成しなかっただろう。 「見てもらうだけっていうのもなんだし、お礼もしないとね……よし!」 「こんにちわ、霖之助さん!」 「ああ、いらっしゃい。人形作りは順調かい?」 「ふっふっふ……これを見なさい!」 アリスの差し出した人形を手に取り、目を丸くする霖之助。 「すごいな……とても初めて作ったとは思えないよ」 「でしょう? 我ながら上手くできたと思ったのよ!」 えっへん! と胸を張るアリス。 「ふむ……いやたいしたものだよ。よく頑張ったねアリス。おめでとう」 そう言って体を乗り出し、アリスの頭を撫でる。 「あ……ありがとう……」 さっきまでの勢いはどこへやら、アリスは顔を赤らめて俯いてしまう。しかしその顔は照れ笑いで本当に嬉しそうだ。 「わざわざ見せに来てくれたのかい?」 「ええ、霖之助さんがいなかったら完成しなかったもの。霖之助さんに見せないなんてありえないわ!」 本当に嬉しいのであろう、いつもよりテンションの高いアリスを見て霖之助も顔を綻ばせる。 「そういうわけで、今日はお礼とお祝いをかねて夕御飯をご馳走するわね!」 「僕は自分の知識を自慢しただけで、大したことはしていないよ。 と言っても、折角作ってくれるというのを断るのも失礼だ。お願いするとしよう」 「任せて! といっても、作るのはほとんど人形だけどね」 と、軽く舌を出すアリス。 (初めて会ったときはこんな表情をする子だとは思わなかったな……) そう思う霖之助だが、口から出たのは違う言葉だった。 「そういえば君は家事を人形にさせているんだったね。折角だし、人形たちが料理するところを見ててもいいかい?」 「……霖之助さんらしいわね。別に見られて困るものでもないし、いくらでもどうぞ。私は代わりに店番をしておくから」 本当は料理を人形に任せて霖之助と話がしたかったアリスだが、お礼をしに来た手前そんな我侭は言えない。 話すのは料理を食べながらでもできるか、とここは引き下がることにした。 「いいのかい? 別に店は閉めても構わないんだが・・・」 「お礼をしに来て店に迷惑をかけるわけにもいかないでしょう? いいから今日は私に任せなさい!」 胸を張るアリス。 そこまで言われては無理に断るのも悪い、という結論に達し、霖之助は人形たちとともに台所に引っ込んでいった。 「ああは言ったけど……お客さんなんて来ないじゃない……」 張り切って店番を始めたアリスだったが、店内には見事なまでに閑古鳥が鳴き続けていた。 こんなことなら店を閉めてもらってもよかったかな……。いやいや、まだお客さんが来ないと決まったわけじゃない。 そんなことを考えていると、店の扉が開く音が聞こえた。 正直待ちくたびれていたが、店番を引き受けた以上疲れを見せるわけにはいかない。 「いらっしゃいまs「おーっす香霖!」」 渾身のいらっしゃいませをさえぎって入ってきたのは、自称普通の魔法使い、霧雨魔理沙だった。 「あれ? 何でアリスが店番してるんだ? 香霖はどこ行った?」 「……まあいいわ。説明してあげる」 どっと疲れが出たのを感じつつ、律儀にこれまでの経緯を説明するアリス。 「と言うわけで、今は代わりに店番してるの」 「なんだなんだ、人が研究で篭ってる隙にこそこそと。そういう時は一言教えてくれるのが人情ってもんだぜ」 「あんたが来なかったんでしょうが……」 「で、いま気合の入った料理作ってんだろ? こりゃ晩飯が楽しみだ」 「話聞きなさいよ……。ていうか、あんたの分まで作ってるわけないでしょうが」 「薄情なやつだな全く。まあいい、今日は退散しとくぜ」 「珍しいわね……。強引に奪ってでも食べそうなものなのに」 「お前は私を何だと思ってんだ? 今日は仕入れに来たんだよ。まだ研究の目途がたってないからな」 そう言って店内を漁りだす魔理沙。 「じゃ、香霖とよろしくやってな」 「ちょっと待ちなさい」 そのまま出て行こうとする魔理沙を引き止める。 「お、ご馳走してくれる気になったのか?」 「んなわけないでしょうが。あんた商品持っていくならお金払いなさいよ」 「香霖から聞いてないのか? 私は借りてるだけだから代金はいらないんだぜ?」 「あんた私や紅魔館だけじゃなくてここでもそんなことしてたの!? とにかく今は私が店番してるんだから、きっちり代金は請求するわよ!」 「よう、香霖。邪魔してるぜ」 「ああ、霖之助さん? 今ちょっと魔理沙と売買の神聖さについて話してるから……」 と言いつつ台所のほうを振り合えるが、霖之助の姿など影も形もない。 「引っかかったな! 甘いぜアリスーーーーぅぅぅぅ……」 その隙を突いて箒で飛び出す魔理沙。 あっけにとられたアリスが我に帰ったときには、その姿は遥か彼方に消え去っていた。 「まったく魔理沙ときたら! 霖之助さんももっと厳しく言わないと駄目よ!?」 「言って聞くような相手なら苦労はしないんだけどね」 さっきから憤りっぱなしのアリスに対し、霖之助は既に諦めているらしく、苦笑しながら料理を食べ続ける。 結局店番を放りだしてまで魔理沙を追いかけるわけにもいかず、見逃す結果となってしまった。 アリスとしては憤懣やるかたないが、店主がこれではアリスが怒っていても仕方ない。 「それにしても美味しい料理だ。洋食はよくわからないが、人形に遠隔操作させてこれなら君自身の手料理はもっと美味し いんだろうね」 「まあ、自分で作れないものを人形を介して作れはしないわね」 「それはいいことを聞いた。是非君自身が作った料理を食べてさせて欲しいね」 一瞬、『僕のために味噌汁を……』という台詞が頭に浮かんで顔が熱くなる。 (まあ実際は好奇心で言っているんだろうけど……) かと思えば、そう思った途端に顔の熱は消え、少し寂しさを感じる。 (……参ったわね) どうやら自分は、自分が思っている以上にこの男に好意を抱いているようだ。 前の話へ 次の話へ
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人里からいくらか離れた月光も届かぬ暗い森の中で、誰かが何かに追われていた。 逃げるは人間。フリルのあしらわれた黒い服はあちこち裂け、箒を飛ばしてはいるが息は上がり、手元も怪しい、疲労困憊であることは瞭然である。体の起伏こそ乏しいが服装と体格から見るにどうやら女性のようだ。 追うは妖怪。背骨を丸め、はじけるように木から木へ飛ぶ。その口からは食糧を目の前にした興奮からか涎がボタボタと垂れる。しなやかな動きと眼光は狩りをする肉食獣のそれである。 彼女の速さは――特に逃げ足の速さは――幻想郷の人間の中ではトップクラスであることは間違いない。人間以外を含めても彼女に追いつける者がどれほどいるか……。しかし今回は場所と相手が悪かった。追う妖怪は木の幹から幹へ、枝から枝へと全身のバネをフル活用して逃亡者をも上回る速度で追い上げていく。 幸いにもまだ多少の距離がある、高度を上げられれば振り切るのは容易い。しかし頭上には茂る枝葉、もしほんの少し引っかかってしまえば高度を上げきる前に血抜きが済まされてしまうだろう。もちろん彼女の体から、だ。その可能性を考えるとそれは幾分分の悪い賭けに思われた。 それにそれではいけない理由もあった。 「ええい、このままじゃじり貧だ」 焦れたように独り言をもらしながら彼女は無意識に符と固形燃料を取り出し、悪態をつきながら取り出したばかりの符をしまう。 そして眼前に迫りくる妖怪にしっかと愛用するミニ八卦炉を構え、吠える。 「一撃だ……行くぜ! マスタァーッ! スパァァァーク!!」 溢れる光の奔流と多大な熱量が、彼女の信条と弛まず自身を研鑽し続けた成果が、 愛しい人の作った道具が、まさに喉笛に食いつかんとしていた妖怪を焼き払う。 その光と轟音で森近霖之助は目を覚ました。 「な、なんだ?」 霖之助が音の発生源があると思われる方角の窓を覗き込むと、魔理沙の姿と元木々があった。元木々と言うのは字の通りである、昨晩までは立派な雑木が立ち並んでいたはずなのだが、今は立派な焼け野原に様変わりしていた。 その焼け野原の端にいた少女がさも何事もなかったかのように声を上げる。 「おはよう香霖、早い朝だな」 「おはよう魔理沙。こんな時間に起きているなんて珍しいじゃないか」 「今日はちょっとよう――」 「ところでこれはなんだい? 山火事か、それともクマでも暴れたのか」 魔理沙の言葉を遮って聞くのはもちろん眼前に広がる惨事のことである。霖之助も何が起きたのか察しはついているが言い訳を聞く気になった。もちろん、彼女がありのままを言うわけがないが。 「ああ、クマだぜ」 「それはもしかして小柄で金黒白の体毛のとびっきり凶暴なやつじゃなかったかい?」 「小柄で金黒白の体毛のとびっきりかわいらしいやつだったぜ?」 「はあ……、やあ森のクマさん。こんなところで立ち話もなんだ、上がって茶でもいかがだい」 霖之助はやれやれとばかりに肩をすくめた。 柔らかい朝の陽光が射す香霖堂、表の札が商い中に変わっただけでなんの変わりもない。物が雑然と並び、当然客の姿もない。魔理沙が一息ついたのを確認すると霖之助がおもむろに切り出した。 「で、本当は何があったんだい? 僕はあんなに派手なモーニングコールを頼んだ覚えはないし、人様の安眠を無為に妨げるほどお子様じゃないと信じたいんだけど」 「何ってさっき言った通りだぜ?」 魔理沙は真面目な質問であることを解しつつはぐらかすようにわざと飄々と返す。暗に「深くは聞くな」と。 こんな返しをされては霖之助も無理強いはできない。 「何もないのに服がボロボロになったりしない。そうだ、服を脱いでくれ」 「おお? 今日の香霖はやけに大胆だな」 「僕は君が物心着く前から知ってる、おしめを替えたこともある。男物だから大きいだろうが襦袢は箪笥から適当に。繕うだけさ」 奥にある自らの居住区を指しながらまた溜息をつく。 「おいおい、ドロワーズを穿いたまま襦袢が着られるか。それともあれか? 脱いでほしいのか?」 「好きにしてくれ。それにしても今日はやけに絡むじゃないか、そんな歳じゃないだろう?」 「そういうお年頃なんだぜー」 魔理沙はくすくす笑いながら店の奥へと消えていった。 霖之助は衣ずれが漏れ聞こえる戸の前に脱ぎ捨てられた衣類を拾い集めるついでに、裸体かそれに近い姿の魔理沙を覗き込む……わけもなく店番に戻った。 タイミングを計ったようにふわりと頭に乗せられた生暖かい白いなにかについては、熟考の末気付かないことにした。 繕いが終わるまで誰ひとり来訪者はなかったが、それは霖之助にとっては幸せなことだった。もしだれかひとりにでも見られていたら明日にでも里に最も近い天狗の誰かさんによって記事にされているだろう。 見出しはこうだ「記者はみた! 古道具屋店主のアブナイ趣味!」 この誰かさんでなくても見目若い男性店主が頭にドロワーズを乗せながら女性ものの服を繕っていたら変に思って当然だが。 「破れが大きい箇所は当て布をしておいた。初めのうちはそこだけ浮いて不格好だが洗濯を重ねればだいたい他と同じくらいの色に落ち着くはずさ」 「さすがは香霖だな、いい嫁さんになれるぜ」 「僕は男だ」 「私が嫁にもらってやってもいいぜ」 むくれていた魔理沙も綺麗に直った服を見て機嫌を直したようだ。霖之助は魔理沙がなぜむくれていたのかわ からなかったことにして新たに茶を淹れなおす。普通こんなことをされれば気づいても良さそうなのだが、兄貴分をからかっているぐらいにしか考えていないあたり霖之助らしいわけだが。 この二人の間にそうそう適した世間話があるわけもなく、やがて各々自分の指定席で本を読みだしてしまった。 当然ながら客はいない。紙の擦れる音の合間には心音まで聞こえてきそうなほど静かである。 その静けさの中、音を思い出したように声が響く。 「そうだ。魔理沙、最近何か変わったことはないかい?」 「別に普通だぜ? うちもここも閑古鳥が鳴きっぱなし、変わりない」 笑えないねと微笑みを浮かべ、少しの思案の後にずばりと。 「そうだな……例えば妖怪について」 本題を切り出した。 魔理沙の肩がぴくりと動いたのを霖之助は見逃さなかった。 彼のいつになく真剣な眼差しを受けて魔理沙はホールドアップ。情報料は? という軽口も無視されしぶしぶ 口を割る。 「いつのことだか覚えてないが、すこし変な妖怪がいるのは確かだぜ。いや、変な妖怪は別に珍しくないな、様子がおかしい妖怪だ。普段は別段凶暴でもないやつが暴れまわっていたり、賢いやつが暴れまわっていたり」 「そんな些細なことじゃな――」 「スペルカードルールを無視して人間を食おうとする妖怪がいたり」 驚きの余りに霖之助の座っていた椅子が倒れる。中腰の体勢のまま彼は魔理沙の服を見つめ、小さく口の中だけでなるほど、と呟いた。 また魔理沙も、私のこともそれくらい鋭ければ楽なのにな、と。 「ふむ、それは妙な話だね。異変と言っていいだろう、霊夢とどちらが先に解決するのか見物だよ」 霖之助は努めて軽く言いながら椅子を正して座りなおす。魔理沙としてはこの話はできればしたくなかった。 当然したくなかった。 西日が眩しい店内に変わらずふたりだけ、本を読むふりをする魔理沙と同じページを開いたまま虚空を見つめる霖之助。 魔理沙はこれまでにない心地の悪い沈黙の中にいた。その中で目線は本に向けたまま軽く、本当に軽く、いつもの他愛ない話をするように口を開いた。 「ああそうだ香霖。今朝用事があって来たって言ったよな」 無言のままぼんやりとしていた霖之助の焦点が魔理沙に合わせられる。 「それなんだが、香霖。えぇっと……け、結婚って、どう思う?」 西日で染まる魔理沙の頬を眺めていたかと思うと、少しずつ普段の霖之助の表情に戻り始めた。 「昔からの知り合いが何人か祝言をあげているけど、いいものだと思うよ。彼らは皆仲良く幸せにしているしね。 外の世界では最近そうじゃないのも増えているらしいけど」 「それなら話は早いぜ」 霖之助の言葉を聞いてさっきまでの暗い表情はどこへやら、目を輝かせて彼を見返す。 魔理沙の反応を見て完全に普段の表情に戻り、気圧されるように彼女から視線を外す。 「ちょっと結婚してみないか?」 「突然何を言い出すのかと思えば……、いい見合の話でもあるのかい?」 「ああ、見合だぜ」 「どこの誰だい」 「今見合ってるぜ」 逸らしていた眼をきょとんと魔理沙と合わせ、急ににがにがしい口調になる。 「冗談は自分の歳を考えて選ぶものだよ」 とんでもなく外れたジョークと受け取った霖之助は、どこか安堵したかのように大きく息を吐く。あるいは自分を気遣ってくれたのか。 「こんな冗談言う歳じゃないぜ」 腕を振り回して抗議する様を見て、霖之助は本日何回目になるかもわからないほど行った動作をさらにもういちカウント増やす。溜息。 「じゃあこう聞こう。もし仮に本気だったとして、それにどんなメリットがあるんだい?」 無粋にもほどがあるが残念ながら霖之助は大真面目のようだ、魔理沙も苦労するはずである。当の本人に悪気が一切ないのがより事態を深刻にしていた。 「ええと、いつも一緒にいられる」 「今だってその気になれば容易いことだろう」 予想だにしていなかった展開に戸惑う少女。 即座に切り捨てる青年。 「もっと深い間柄に……」 「もう浅い間柄でもないだろう」 うろたえる乙女。 切り捨てる外道。 「きっと赤ん坊はかわいいぜ」 「僕より先に老人になる赤子はできれば遠慮したいね」 魔理沙。 霖之助。 黙ってしまった魔理沙を尻目に霖之助棚にはたきをかけ始めた。客はない。店内に軽く小さい音がやけに大きく響く。 目を刺す強い光が柔らかいオレンジに変わるころ、魔理沙に背を向けたまま。 「それはただの約束だ、突き詰めて言えばただの約束なんだ」 霖之助とごく親しい関係でなければ平素のものととってしまいそうな声色だった。彼のこれまでの人生は外見よりもほんのちょっとだけ長く、わずかに変化に富んでいて、若干スリリングだった。ゆえに腹芸もその逆もある程度は心得ている。 「だけどそれは男女なら誰でもできる。僕らには少しばかり退屈で窮屈なものだ。だから魔理沙、僕らは僕らにしかできない約束をしようじゃないか」 彼女はなんの反応もしない、反応はしないが少女の視線は青年に注がれている。不機嫌であることを隠そうともしない見事な仏頂面と不機嫌オーラだ。これをイエスととる人間は滅多にいないだろう、しかしこの場にはいた。 「さっきの様子のおかしい妖怪がいるという話だが、一部の妖怪がなんらかの影響を受けて昔の姿に戻っている という結論に行き着いた。原因についてはまだなんとも言えないけどね。それで、だ」 気づけばはたきを持つ手が力なく垂れ下がっている。 「僕の体に妖怪の血が流れてるというのは今さら言うまでもないね。もしも僕の様子がおかしくなったら、そのときは君の手で始末してほしい」 「ここ最近でいっとうつまらない冗談だぜ」 霖之助の広くはない背中を睨みつけ、即答する。 彼は殺気にも似たものを一身に浴びながらも口調を繕ったまま変えない。むしろ苦笑いさえ浮かべていた。 「こんな冗談を言う歳じゃないんだけどね」 霖之助は椅子に戻りしっかりと魔理沙を見据える。魔理沙の抗議を受けとめる。 「とは言っても納得はできないか、じゃあ簡単に説明しよう。なに、楽しい話じゃないからすぐ終わらせるよ」 彼は微笑を崩さない。 「知っての通り僕は半分妖怪だからね、最近の変化について真っ先に妖怪のことを聞いたのはその半分の調子が最近とてもよくてね。こんなのは幾十年ぶりなんだ。そしたら案の定だった、これはよろしくない」 霖之助は笑う。魔理沙を見つめ笑う。 「それとこれまでの人生のうちに妖怪の欲求が一度もなかったかと問われれば肯定はしづらい。昔は物騒だった んからね、幸いその欲求はもう半分の血のおかげで満たされたことはないけど。本当に嫌な記憶だ」 霖之助は笑う。過去を思い出し笑う。 「荒れてた時代ですら抑えるのに苦労したっていうのに平和に慣れてしまってからその衝動が来たら抑えられるかわからない、というより抑えられないだろう。おそらく、二度と今の僕に戻ることもないと思う」 霖之助は笑う。不幸せな未来を笑う。 「まあそれが来るのは君がいなくなった後かもしれないし、来ないかもしれない」 ふと霖之助の顔から笑顔が消えた。机に肘を付き指を組んだ手で口元を隠すように、少しでも表情を隠そうとする。 「正直なところを言うとね……怖いんだ。もしそんなことになったらと考えると震えが止まらないよ。死ぬことなんかが怖いわけじゃない。もしかしたら僕が知人や親しい人を殺してしまうかもしれない、人喰いの化け物として見も知らぬ他人に退治にされるかもしれない、そのとき幽かに人間の意識が残っているかもしれないと考えると……。だから魔理沙、もしそんなことになってしまったら力を持っていてかつ特別な君に片を付けてもらいたい」 言葉通りよく見れば彼は小さく震えている。カタカタと机が鳴っている。 長く生きているはずの青年は幼子のように恐怖に震えている。 その怯えが無理やり止められた。いつの間にか霖之助の後ろに回り込んでいた魔理沙がその背中を抱きかかえている。 「お前は馬鹿だな、ひとりで勝手に悪い方に悪い方に考えて。私がたまたまおかしい妖怪に出くわしただけかもしれないだろ?」 そんな馬鹿を好きになるやつがかわいそうだぜ。 「いいぜ、約束しよう。万が一香霖がおかしくなったら私がなんとかしてやるぜ」 青年は、小さな身体を精一杯広げて自分を抱きすくめる少女の手の甲を握り、何かを呟く。その声は魔理沙以外が聞くには小さすぎた。 「なあ、やっぱり結婚しないか? その方が何かあったとき対処しやすいぜ」 「僕は魔理沙が好きだけど、今のそれは愛じゃないんだ。それにさっきも言ったけど好きな人だけならまだしも自分の子供が天寿を全うする様を見届けるのはごめんだ」 精神的に参っていても霖之助は霖之助だった。魔理沙もそんな霖之助だからこそ好きになったので答えはなんとなしにはわかっていたが。 「それにしても本当に客が来ないな。よくこんな店にずっと籠もってられるぜ」 「飽きないとはうまいことを言ったものだ」 「お前は牛だったのか」 「少し時間を持て余してるだけさ」 日暮れの香霖堂に笑い声が響く。店内にはふたりもいる、賑やかなことこの上ない。 折れた木々の隙間から月光が差し込む森の中、誰かのすすり泣きが響く。 泣いているのはモノトーンカラーの衣装を身に纏った魔法使い、彼女の名前は霧雨魔理沙。魔理沙は誰かの身体を背中からきつく抱きしめていた。 仰向けの姿勢で腰から上を魔理沙に抱きかかえられているのは、さきほどまで魔理沙と物騒な追いかけっこを繰り広げていた妖怪――もとい、森近霖之助。それがうめきを上がる。 「まだ息があったのか」 苦虫を噛み潰したかのような顔でミニ八卦炉を取り出し―― 「いやぁ……魔理沙のモーニングコールは相変わらず派手だな」 二度と聞くことはないはずだった想い人の声が耳朶に触れる。 「しかし妖怪化した僕を一撃でこんな状態にするとは、努力は欠かさなかったようだね。感心だ」 「しゃ、喋るな! 息さえあればどうにか命を繋げることはできる!」 膝枕の姿勢で青年の顔を見下ろしている魔理沙、彼女の悲痛な叫びと比べて当の本人は至って暢気なものだ。 「そのことなんだけど、僕はひとつ確信してるんだ……。どんなに急いでも森を抜ける前に僕は終わる。逆にそれほどのダメージだから戻れた、とも言えるね」 実際霖之助のダメージは魔理沙から見ても深刻だった。傷は全身にあるが特にひどいのは直撃した腹で、大きく肉が削げ落ち、中身も少しとは言えない量が飛散している。皮肉なことに今言葉を話せているのはひとえに妖怪の血のおかげであるのは間違いないだろう。現に魔理沙は既に絶命しているものだと思っていた。 やはりかなり無理をしているのだろう。霖之助から急に生気が感じられなくなっていく。 「魔理、沙、ありがとう。ごめん」 いつか約束を交わした日に呟いた言葉をつっかえつっかえもう一度伝える。 青年はもう長くない。あと何言残せるだろうか、何を遺すべきだろうか。 「香霖、香霖……!」 手を握り泣き続ける魔理沙、彼女の顔は涙やら鼻水やらでもう目も当てられない。 「君に、そんな顔をさせてしま、うなんて、僕はダメな男だな。泣くのは、やめておくれ、魔理沙。かわいい顔がしわくちゃじゃないか」 手を強く握り返し、誰かに対してシニカルな微笑みを浮かべ、霖之助は、森近霖之助として息絶えた。 絶命を確認すると魔理沙は一瞬目を大きく見開き、乾いた笑いをあげた。 「はは……まさか今際の際まで笑って皮肉とは恐れいったぜ。は、ははは……ははははは……」 深い夜、深い森の中。老いた魔法使いの激しい慟哭が響き渡る。 握られた青年と老女の左手には輝く揃いの指輪。誓約の指輪は昔交わされた、とある約束を誇っていた。